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2011.06.30

日乃と月夜のお江戸盗術専門学校 第一夜 とあるお嬢の転落人生 弐

「うっふっふ、後を継ぐお日乃が居なくなり金はたんまり、これは一石二鳥だわ。」

夜半も近い亥の刻に,一法師堂の座敷に座り込み、大判小判を勘定するのに忙しい花魁風の女が一人。傍には惨めな為りした男を侍らせ…
「お清、これで大船堂の商売の邪魔する店は無くなったな。」
渋い灰緑色で染められた、しかし上質な生地で作られた着物を纏った男が、腕を組みながらふらりと障子に寄りかかり妹に話しかける。お清などという悪意が感じられるくらい体を表していない皮肉な名前で呼ばれた女は、ヒマラヤ山脈の奥地に生息している真っ赤なでかいヒルが二匹のたくったような下品な造形の唇をにぃ、と歪めて嗤った。
「それにしてもあの小娘、意外に商才あったよ。ガキの落書きでもはした金くらいにはなるかねと、本店で作らせたらあの人気。売り飛ばしちまうのは惜しかったかもな。」
くっくっく、と過疎気味の黄色い歯の隙間から絞り出すように嗤う兄・廉ノ介の脚に、お清は煙管の煙をふぅーっとぶちまいた。
「金の卵をひとつひとつ地道に産ませるより、腹ぁ掻っ捌いてでかい金塊引きずり出す方が江戸っ子の性にあってるってもんさ。どの道あの様子じゃ、別の店に仕えさせるなんて無理だったろうよ。」
「…訳わかんねえ例え話するない。」
廉ノ介が困惑したような表情を浮かべるのに対して、お清はふんとバカにしたように鼻を鳴らした。
「そんじゃあ、お清、ガキも厄介払いしたことだし、二人きりでどっか行かねえか?ほら、箱根で湯治とか」
今までの話の流れをどのように耳に入れてどのように理解・分解・再構築したのか、相変わらず若妻に唐傘を差しかけている一法師堂店主が口を挟んだ。お清は下駄の歯にこびりついたひしゃげた牛糞でも見る様な目付きで父親くらいも年の離れた夫を見下ろす。
「湯治って…二十一世紀にもなって爺臭い、だぁーから年寄りは嫌なのよ。」
店主は愕然とした表情を浮かべたが、すぐに媚びへつらうような笑みを浮かべて挽回を図る。
「じゃ、じゃあネズミの住んでる夢の国、とか。おにぎりころりんすっとんとん…」
幼児期に何度も聞いたフレーズを聞きながらお清の、原子の動きが止まるくらい低温の眼差しは変化しなかった。廉ノ介は腹を抱えてえげつないくらいに笑い転げていた。お清は夫が一生懸命『おにぎりころりん』を歌い続ける間にすぅー、と煙管を吸って、ふぁーと店主の顔に吹きかけた。店主は激しく咳き込み、噎せた。苦しそうに転げまわる夫を見下ろしながらお清は冷酷にも言い放つ。
「口から腐った臓物臭がするじじいに用はないっつってんのよ。それともさぁ、あんた本気であたしみたいな若い娘に期待してたわけ?このロリコン。とっとと人生に引導渡せ。」
廉ノ介が店主の無防備な腹に全体重を掛けた右足裏を突き落とす。がは、と店主の口角から赤いものが零れ出す。兄は愉しそうに、何度も何度も店主の腹を踏みにじった。

門に閉ざされた不夜城、遊郭は江戸の街が寝静まる夜半過ぎからいよいよ盛況さを増して来る。乙姫か天女かと見紛う程に華やかに着飾った美しい女たちが歌って奏でて舞い踊る。ここは吉原、男の極楽女の地獄。色々呼び名はあるようだけど。そこで一位二位を競う大店に、『玉竹屋』というのがある。赤い提灯で軒をぐるりと飾られて、めでたい植物は竹に限らず何でも庭に植えたその店が、日乃の売られた場所だった。

「もと和菓子屋のお嬢ちゃんかい。へー。ふーん。」
ぶくぶくに太った着物を纏った豚のような女将が、日乃をじろじろ品定めする。
「十六だって言うけど発育悪いねえ…尻も、胸も、腰も…あんたホントに女の子?」
「何気にすっごくひでえ!!」
タダでべたべた触られたうえ、締めの言葉で性別を疑われた。『あんたは性別以前に人間なのかこの雌豚』とか、『黙れデラックスチャーシュー』とか、ちょっときつい悪辣を吐いてやりたい気分をぐっと抑えて日乃は女将を静かに見返す。
「…気に食わない目をしてるね。」
何を思ったかため息をついて日乃から目を逸らす女将。
「ま、いいや。こんなマコモタケみたいなのでも十六だ、もう済んでるだろ。」
「え、ちょ、何が?」
女将は答えずにぱちんと指を鳴らす。わさわさと寄ってくる、昼の街で見かける女たちは言うまでも無く、夜の街遊郭でだって高級遊女は一瞥もくれなさそうな田舎侍たち。無精ひげを生やし、垢じみた肌をして、継ぎあてだらけの裏地が浅葱色な着物を着た男が三人、日乃を取り囲んだ。
「お、おらこんなめんこい娘、見たことも触ったこともねえべや。」
「いや触っちゃダメでしょ。最悪観賞用に留めて下さいよ。」
「つべこべいわずに相手する!あんたはもうお嬢じゃない、女郎なんだから」
女将の言葉がさりげなく、しかしあまりに深く、恋愛すらしたことのない無垢な十六歳のお嬢さんに突き刺さる。

侍たちにひきずられるままに奥座敷に連れて行かれ、布団に投げつけられる。臙脂色の行燈がぼんやり照らすだけの、ムードたっぷりな狭い座敷。障子がぴしゃりと閉められ、どこかの部屋で行われている宴会の喧騒がずっと遠い世界の出来事になる。
このシチュエーション、見たことある!!時代劇に出てくる悪代官が町娘においたをするシーンだ。
有閑マダムが夕刊でも読みながら、子供が帰って来るまでの暇つぶし程度に観賞する、結末が毎回同じな時代劇。結局は縮緬問屋に扮する白ヒゲの爺さんが権力ひけらかして終わる、アレである。
「いやいや待って下さいよせめてまずはお友達から…」
「良いではねえか良いではねえか。江戸の娘っ子はこんなの朝飯前だっぺ?」
凄い、セリフまでお代官様そっくりだ!後半のアドリブは酷い偏見だと視聴者代表して抗議したいけど、マジで。
電影箱の向こうの世界と違うのは、天然たらしな男前の方も屈強でいかつい無口な方も、絶対にあの障子を破って入って来ることがないんだってこと。ここは遊郭で、これで金を稼いでるんだってこと、あたしがかすていらや大福売って日々米を食らっていたのと同じように。
侍の手が帯を解きにかかる。うわ、これ絶対くるくるされちゃうよあーれーってなっちゃうよ!!脳内テンションが『やばい』。正しい日本語で表現すれば『おかしい』。こんな呑気に構えてる場合じゃないのに、なんでこの期に及んで自分の事傍観してるんだろ?怖い、怖い。解ってたはずなのに、何するところか知っててここに来たのに、この人たちが怖い、おとっつあんが怖い、『お母さん』が怖い、あたしが、

怖い。

「いやだっ…」
日乃は叫ぶ。いや、叫びかけた。障子ががらりと開いて、光と喧騒が戻ってきた。後光を背負って入ってきたのは、すらりと長身で桃色の着物を纏って大きな頭に何本もの簪を挿したかなり高位の花魁。その人が、日乃に覆いかぶさろうとしていた一人の襟首をひっつかんでそいつの額と、もう一人の侍の額にぐわっしゃーんと正面衝突させる。
「ななな…なにするだ!!女郎がこんな、客に、こんな…」
怒りのあまり主語も述語も忘れ果てて意味を為さない単語を喚き散らす最後の一人に、花魁はすっと歩み寄った。その花魁は恐らく背筋が凍るような満面の笑顔を浮かべている。その静かなド迫力に、ラストサムライは日本語の発音の仕方までも失ってしまったのか、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりを繰り返し、酸素不足の金魚のモノマネをし始めた。
「生憎花魁と呼ばれる女郎は、客を選ぶことができるでありんす。女と見るやけだものみたいに飛びかかるクソ浅葱裏は人間の相手する資格なんてないでありんす。いくら怖いもの知らずで強情っぱりなイモ姉ちゃんでもオナゴの端くれなのだから、優しく扱えでありんす。」
かなり適当な廓言葉を操る花魁は、ついに呼吸困難を起こして泡を吹き始めたラストサムライに背を向け、日乃に向かって勝ち誇ったように微笑んだ。その左頬には、桜の文様が散っていた。
「だから言ったでありんすよ。なんだかんだで苦界を知らないお嬢さんがここでいきなりやってけるわけがないでありんす。重々反省するでありんす。ついでに『貴女がつねったお手手が痛い』でありんす。お詫びに三ベン回ってわんと鳴くであり…んす…」
日乃の双眸から、どわっと、インチキおじさん…ではなくて、大量の涙が零れ出した。月夜は流石にふざける気が失せたらしい。日乃は、自分が泣いていることに気づいたらしい。更には自分が涙を流していることすら、月夜よりも不思議でならないらしい。「おかしいな」とか、「なんでだろ」とか言い訳をしながら、次々あふれ出る涙をぬぐい続ける。月夜はとことこ歩み寄り、やや気まずそうな微笑みを浮かべてから、日乃の頭を自分の胸にうぎゅっと押し付けた。

「おなごはおなごらしく、時にはぎゃーすか泣くでありんすよ」

我慢の限界。日乃は今しがたの事だけではなく、さっきおとっつあんと『お母さん』に売られたときから、いや一法師堂が傾きかけてから、はたまた『お母さん』がやってきてから、もしかしたら、おっかさんが三歳の時に亡くなってから?とにかく今まで感情がぼやけてしまう位、抑えつけてきた全ての事を思って、そのために泣いた。

障子の向こうで、肥った女将が、黙って煙管を蒸かしていた。

「さて、あちきはもう一つでっかいものを盗みに行かなければならないでありんす。これは完全自分の暴走でありんすが、多分後始末は先生方がニコニコ喜んで引き受けてくれるでありんす。あんたも来るでありんすか?」
日乃の嗚咽が次第に収まってきて、月夜があくまで友人としてど突き合い…もとい、お付き合いのある花魁から借りた着物の胸が鼻水やら涙やらその他色んな汁いっぱいで洪水になった頃、月夜は聞いた。
「…た、げっとは?」
日乃がまだたどたどしい口調でしゃっくりまじりに質問を返す。月夜は分厚い化粧の奥で不敵に微笑んでから、静かに宣言した。
「あんたの実家、一法師堂でありんす。ついでにおやじのハートも。」
「盗み、返せるの?」
「あちきは、江戸に名だたる若き大泥棒、桜庭月夜でありんすよ。まあ冗談は置いといて、あんたの継母、どうにも臭いでありんす。おしろい臭がぷんぷんする以外にでありんす。さっき一瞬だけ目の当たりにして解ったでありんす。あいつはあちきと、同族の臭いがするでありんす。」
「同族…?」
日乃は思わず問わずにはいられなかった。日乃と月夜はまっすぐ目を合わせた。
「ぶっ!」
月夜が噴き出した。
「何よいきなり失礼な!」
月夜は手鏡を取り出し、日乃の眼前に翳した。
「うげ…」
それは醜悪、の一言に尽きる顔だった。泣き腫らした両目は今なら幽霊とか見えるんじゃないかと思うくらい真っ赤に燃えあがり、頬と鼻は幼児に人気なあの定番菓子パンを模したヒーローの様相を呈している。月夜は自分のべそかき顔に絶句する日乃を見て、余計につぼを刺激されたようで高らかに笑い続けた。
「あはは、なかなかギャグセンス満載な顔してるでありんす!ははは」
「やかましい、あんたこそいい加減廓言葉やめてようっとおしい!」

「…くたばったか?」
大船堂の極悪兄妹は畳の上で無残に倒れ伏す店主を見下ろしていた。
「…殺しは流石にまずいんじゃないの?」
先ほど店主に「死ね」と同等の言葉を放ったのは誰であろう自分なのに、お清は少しひるんだように兄に聞く。
「おめえの能力で喰っちまえばいいだろー。」
事もなげに、誰かがこっそり聞いていたら震え上がったであろう恐ろしい提案をする廉ノ介。お清はキッと兄を睨みつけ、明らかに気分を害したように叫ぶ。
「冗談じゃないよヒトを残飯処理の豚みたいに。」
廉ノ介はけらけらと笑いながらそりゃあすまねえなあ、と口先だけで謝罪する。お清はふんっ、と鼻息も荒く兄から顔をそむけた。
「ホントに気楽にあたしを使ったりなんてしないどくれ。この力は、あたしの命の…」
そこまで言い掛けてお清は口を噤む。
「どうした?」
怪訝そうな廉ノ介に構わず、お清は鋭い視線で天井…いや、その向こうに広がっているであろう闇夜を見上げる。まるで何かを探すように。そして廉ノ介にも聞こえないほど小さく呟いた。
「来る」
と。

「ぎゃーっ、怖い怖い怖い怖ーい!!」
日乃は江戸中の人間を起こすくらいの大声を挙げながら、花魁姿から普通の着物に着替えた(と言ってもどこか女物の雰囲気を醸し出している)月夜の背中にしがみついて江戸の町の屋根と言う屋根を走り回っていた。
「おめえなあ、ちっとは静かにしろよ、仮にもオレ達コソ泥なんだから」
月夜は遊郭を出てからと言うもの全く衰えることの無い健脚でまた新たな屋根へと飛び移る。
「一緒にするなあああ!ってぎゃあああああ!!」
飛び移る度にふわりと身体が宙に浮く。月夜が着地する脚の衝撃が腕を伝わり、わずかながら日乃にもびりびりと感じ取れる。
「見えてきたぞ、文明堂」
「いっ…一法師堂だっつの…」
日乃は玉の緒どころか玉自体ひっちゃぶけそうな危うい息遣いで月夜の間違いを訂正する。
月夜はようやく脚を止め、一法師堂の建物の勝手口を裏の家の屋根から見下ろす。
「どうやって入るの?どこの窓も閉まってるし…」
月夜はひらりと一法師堂の一階の屋根に飛び移り、適当な窓に狙いを定めて懐からヘアピンを取り出して鍵穴に差し込んだ。
「…そんなベタな手で来るとは思わなかったよ。」
月夜はがちゃがちゃヘアピンを弄くりながら答える。
「あんたんち、防犯対策全然してないんだな。今まで誰にも入られなかったのが不思議なくらいだよ」
ま、ありがてえけどな、と月夜は笑う。日乃は不意に気がついた。この人よく笑うな、と。後継ぎになるのだ、寂しい父親を困らせまいと感情を殺してきた自分とは大違いだ。
やがて、がちゃこん、と鍵穴の奥が何の変哲もない鉄製の細い棒の先端と何らかの反応を示し、その硬いガードを解いたらしい音がした。
「っしゃあ。開い…」
ずどごおおおおん。鼓膜をぶち破るような音がして、土煙や埃をもうもうと上げながら窓が開く。いや、確かに開いたのだが窓を左右に引いて開くといった大人しい開け方ではなくて、窓そのものをブッ飛ばしてしまうという乱暴この上ない開け方であった。
「…へアピン凄っ」
「違う違う」
咄嗟に日乃を背中にして、窓から離れた月夜は日乃の言葉を否定する。がらがら壁の破片が零れ落ち、煙が立ち込めるなか、ぽっかり空いた大穴の向こうにうっすらと赤い影が見える。
風と共に煙が去り、その影はだんだんと人の形をとる。それが赤い着物を着た若い、しかし化粧の濃厚さがそれを完全に覆い隠してしまっている女なのだと判明する頃を待って、お清本人はにやぁりとうすら笑いを口角に浮かべた。
「なぜか来るかもと思ってたよお日乃。お前も隅に置けないねえ、桜庭月夜をたぶらかすなんて…」
「わーいお邪魔しまーっす!!」
お清が気取って、毒婦然とした台詞を吐く傍ら日乃と月夜は壁の大穴から建物の中に入り込んだ。
「人の話は最後まで聞け!!」
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Posted at 20:18 | マダム沌夕 | COM(2) | TB(0) |
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