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2011.05.17

日乃と月夜のお江戸盗術専門学校!!  第一夜 とあるお嬢の転落人生 前編

6/30 改稿 

あるマンガにこんな一節がある。曰く、『人生で一番善いのは生まれてこないこと。二番目に善いのは生まれてすぐに死ぬこと。三番目に善いのはそれでも生きていくこと』だという。彼女、一法師日乃の場合は幸か不幸か嫌んなるくらい健康に成長し、三番目の選択を余儀なくされた。別にそれでも構わなかった。というかそのような哲学的なことはあまり考えたことが無かった。四百年以上も続く太平この上ない良き時代、江戸時代に生まれ、これまた江戸と苦楽を共にしてきた程長い歴史のある老舗和菓子屋本舗、一法師堂の一人娘として蝶よ花よと育てられ、士農工商の最下位に位置するとはいえど稲作マシーンとして重い年貢にひいひい喘ぐ農民たちよりかは余程裕福な生活を送ってきた日乃にとってこの世の苦しみとは電影箱の画面の向こうに存在する実像の無いものでしかなかった。まあ、日乃が世間の人間よりもいささか不幸せと言えるかもしれないのは三つの時に母親を亡くしていることくらいであろうか。それも、母親と生活していた記憶も母親が死んだ場面すら、前世にあった出来事のように曖昧模糊としている。だから、ある日突然父親が日乃程にも若々しく愛らしく、前妻とは百八十度タイプの違う女を新しい『お母さん』だと称して日乃の前に連れてきた時にも、彼女が来てからというもの少しずつ自分の着物がみすぼらしくなっていったのにも、それと反比例して『お母さん』の着物は艶やかに派手やかに光りを増していったのにも、どこか虚構めいて日乃の目には見えていた。

 「あっ、今月の瓦乙女の表紙、桜庭月夜じゃん。いいなあ。」
「見てみて、春の一押しとれんどは『ゆるカワ太夫風帯』だって。ピンクの蝶結びが良いよね!」
 金持ちの子女ばかりが通う女子向けの寺子屋で、色彩豊かな着物を纏った娘たちは巷で噂の美少年怪盗や装いや化粧についてきゃいきゃいと会話を咲かせる。日乃は周りの会話など全く意に介さず、さらさらと鹿毛を用いた上等であるが墨を吸いつくして擦り切れた筆を紙の上に走らせ、算術の宿題の幾何問題の解答を作っていた。
「で、日乃は月夜さんがいい、それとも百夜さんがいい?」
ご丁寧に肩まで叩かれて、日乃はようやっと顔を上げる。
「うん?」
 すっとぼけた表情で会話を振ってきた少女を見上げる日乃だが、まともに返事をする機会は割り込んできた別の少女によって奪われてしまった。
「止しなって、どうせこの子は興味ないんだって」
「でもぉ…」
 とかなんとか言いながら、優しい少女は元の会話の輪の中に戻って行った。日乃もまた、幾何の宿題との孤独な戦いを再開する。
 桜庭月夜。流行に疎い日乃ですらその名前は聞いたことがある。それと同時に、嘘か真か、その存在の有無についてまことしやかに噂される或る組織のことを思い出した。『盗術専門学校』。読んだ字面の通り、ドロボウの技術について生徒たちに教授する専門学校のことである。ドロボウとは人様が苦労して築きあげた財産を一瞬にしてかっさらってしまう、れっきとした犯罪者である。世の中習い事の類は数あれど、犯罪行為を堂々と健全な青少年にさせるなんて。日乃はさすがにそれは都市伝説だろう、と思っていた。そうこうしているうちに日乃は幾何の宿題を終え、鹿毛の筆を硯に置いた。因みに日乃が授業直前に宿題を片づけて居るのは決して彼女が怠惰だからなんて陳腐な理由ではない。読者諸君と一緒にして貰っちゃ困る。昨夜彼女は店に出す新商品について突如浮かんだナイスなアイデアをまとめるのに夢中で宿題をやっている時間なんかなかったのだ。
「はーい今日の授業は算盤でーす。」
その時ちょうど、障子ががらりと開いて、藍色の着物を纏った中年女性の講師が入ってきた。それをきっかけにして、おしゃべりに興じていたお嬢さんたちも次第に静まり、教室は勉学に励むのに相応しい空間に早変わりした。

 授業が終わるころには空はすっかり深い藍色に染まっていた。算盤の扱いで解らないことがあって、講師に質問していたら同級生に取り残されて一人になってしまった。まんまる一日閉じ込められていた退屈な空間からようやっと解放されて、美味しいおやつにホカホカご飯、ぽちゃぽちゃお風呂にあったかい布団で眠りにつくまでの自由を手に入れた同級生たちは当の昔に教室を飛び出してしまっている。どこからか酉の刻を告げる鐘が響いてくる。日乃は三月の黄昏の、まだかなり冷たさの残る風の中で暫し佇んだ。
帰ったら夕ご飯を慌ただしく平らげて、餡子の仕込みだ。餡子が煮えたら昨日の夜中に思いついた新商品のウサギ型イチゴ大福の試作品を作る。そろそろ苺の美味しい季節だし、可愛いものが大好きな江戸ジェンヌたち(クラスメートとかそこらへんの、おつむとおケツが大福のようにふわふわスイーツな、)にきっと気に入って貰えるだろう。日乃は授業中にこっそり落書きした苺大福の設計図を冊子から取り出して眺める。
こいつであたしが、一法師堂を救うんだ。
日乃は決意を新たに、産まれて今日まで慣れ親しんできた、しかし最近は何だか居心地のとても悪い一法師堂へと爪先を向けた。今夜もきっと、宿題をやる暇すらない。

「わりいけど、ウサギ型苺大福は四丁目の大船堂で売ってるの見たぜ。奇しくも今日が新発売だってさ」
「え?」
 日乃はさっと振り向いた。夕闇に紛れるように、日乃と同じ年くらいの少年が壁に凭れて立っていた。そいつは黄昏の街と同じ色の、薄い藍色の薄い着物を着ていた。影になっていて顔は良く解らなかったが、少年の髪が薄い茶色であること、一束のにらのように束ねられたそれが無暗やたらと長いこと、あと昨今流行りの昼夜無休の便利屋に良くたむろしているヤンキーと同じように、ふわりと紫煙の薫りを纏っているのに気がついた。こーゆー変な輩には関わらない方が良い。女の本能が日乃に告げる。日乃は足早にそこを立ち去ろうとした。少年は日乃を引き止めるでもなく、のんびりとだがさらに続けた。
「今帰ったら、おめー二度と和菓子屋のお嬢には戻れないぜ。」
「…先急ぐんで」
 日乃は警戒心を強めながらも、小走りでその場を去った。少年はもう追いかけてこなかった。

 暫く走って、日没過ぎても賑やかな表通りに出た辺りで日乃は振り向いた。薬種問屋、魚屋、米屋、豆腐屋…徐々に店仕舞いを始める商店街のどこにも、あの変な少年の姿は見当たらなかった。日乃は立ち止まり、屈んで切れた息を整えながら昼間友達に見せられた雑誌の表紙を飾っていた絵について思い出していた。あの絵も、半分影になっていて美少年なんだかも醜男なんだかも判別できなかったけれど、でも。ポーズや影の落ち具合が運命級の偶然で一致していたからわかる。あの少年は、巷で噂の桜庭月夜だった。
…なんだ、ただのヤンキーじゃんか。
 期待していたわけではないが、クラスメートが騒ぐほどの事でも無い。まあ、実物はいついかなる時でも噂に勝ることは無いのだと、日乃は改めて思い知らされた。

 そうこうしているうちに日乃は表通りで一番華やかな店構えの、しかし和菓子を飾る硝子のディスプレイは外観と比較すると異様にすっからかんな一法師堂に到着した。日乃は生来の鈍チンさも相まって文句一つ言わないが、彼女が五つくらいの時は父親に使用人に職人に、それはもう店に関係する人間総出で寺子屋まで迎えに来ていたものだ。幼い日乃は「恥ずかしいし友達が引いてるからやめてよ」と父親に抗議したものだった。それが今では、新しい妻といちゃつくのに夢中で帰って来たって見向きもしない。ことに『お母さん』のお兄さんだと言う人が商売に口を出すようになってから、使用人も職人も一人ずつ消えていった。
「ただいまぁ」
誰も返事をしないことを知りつつ、そして別段それを気にも留めず、ただ習慣になっている決まり文句のようなそれを口にしながら暖簾をくぐる。

 ぱかーん。間抜けなくらいにすっこ抜けたクラッカーの音。五色のリボンが日乃の顔に掛かる。髪に肌にべたべた絡みつくリボンをやっとのことで払いのけると、

「お帰り日乃!」
「お帰りぃー!」
「お帰りなさいませお嬢様」

え?ええ??
 予想に反して、口々に賑やかに日乃を迎える声、声、声。今日私誕生日だっけか、などと錯覚しそうなほどあまりに熱烈なそれに、日乃はただただうろたえた。

 ペンペン草などが萌え出ていて、絵に描いたように寂れた店内には不釣り合いなくらい錦と簪でごっちゃり着飾った女が花魁道中もかくやというくらいしゃなりしゃなりと歩いてきた。屋根の下なのに何故か赤い唐傘を女に差しかけているのは今は昔良き父親だった男。若くして亡くなった最愛の妻の亡骸を前に身も世も無く泣いていた男。後ろに控えている柄の悪そーな着物を着た男たちは…???。日乃の知らない人だった。

 『お母さん』。意識はしていないのだがやっぱり身構えてしまうし未だに視線を合わせることも出来ない継母が日乃の目の前三十センチでぴたりと足をとめた。
思わず床に視線を落とす日乃の額に、『お母さん』は煙管の煙をぶあっと吹きかけた。
「お日乃ぉ。お前も、随分大きくなったねえ。」
「はあ。」
 日乃は何の気も無しに返事をした。
「十六だっけか。随分と、こう、色っぽくなったねえ。」
「…はあ。」
 『お母さん』はべろべろと長い舌で嘗め回すかのように日乃を眺めまわした。
この人、百合趣味もあったのか。『お母さん』の意図するところが見えず、日乃はどう考えても阿呆な邪推をした。
 『お母さん』はにぃまりと鉄漿を塗りたくった真黒い不健康極まりない歯列を見せて笑うと、少し身体を傾けて壁に寄り掛かり、後ろに控えるおじさんたちが日乃によく見えるようにした。
「喜びなお日乃。これからはこのおじちゃんたちが面倒みてくれるってよ。こーんな寂れた和菓子屋で、汗水たらして餡子こねくり回さなくたっていいんだよ。」
おじさんたちはげっへっへっへっへと、悪代官そのものどストライクに笑う。
「これからはお嬢ちゃんがこねくり回されるかもしれんけどな。」
「そのかわりに毎日綺麗なおべべ着て、白いまんま食って、運が良けりゃ一法師堂よりずっとでっかい大店の女将さんになれるかもしれねえ。お嬢ちゃん上玉だからきっとなれるサ。」
「…」
 日乃は店中見渡して、全てを理解した。自分の辿る運命についてだ。助ける者が居ないことも。折角考えたウサギ型苺大福の出番がない事も。空気を読んでかはたまた只の偶然か、日乃が手にした冊子から、はらりと苺大福の図面が滑り落ちた。父親がそれを拾って『お母さん』に見せる。『お母さん』は絵をじろりと一瞥し、おざなりに褒めた。
「ふーん良く描けてるじゃない。ネズミ?」
「…ウサギです…」

 これに一番傷付いた日乃だったが、気を取り直して『お母さん』をはじめおじさんたちを真っ直ぐ見据える。
「荷物纏めてきていいですか?入用なものもありますし…」
「そんで二階の窓から飛び降りすたこらさっさと…」
「逃げませんよ。どうせ外にも誰か張ってるんでしょ。」
おじさんの邪推を容赦なく一刀両断し、日乃はぴたりと言い当てる。おじさんはぐっと言葉に詰まったようだったが、却って度胸の座った日乃に好感度を高めたのか、今までで一番人間らしい笑みを浮かべて日乃の部屋のある二階を親指で指し示した。
「正解だ。四十秒で支度しな。」

 日乃はとたとたと軋む狭い階段を上る。これを昇るのが最後だとか、風呂敷包みを抱えて降りたらもう二度と昇ることはないだとか、そんな感傷的なことを考えだしたらキリが無いので止めておいた。四十秒は無理です、と言ったら三分に延長してくれたので何を持っていこうか脳内で簡単に計画する。歯ブラシと鏡は必須かね。寝巻…は貰えるだろう。枕が変わると眠れない性質じゃないし。そう考えるとあまり持ち出したい物たちも無いのだな、という結論に達する。簪も着物も殆ど質屋だし。

 日乃はがらりと、障子をあけた。
「お帰りなさいませ日乃お嬢様。あなたを盗みに挙がりました。」
「…ええ。」
 日乃はぱたむと障子を再び閉める。この家広いから、自分の部屋を間違えるなんてこともあり得ないことじゃないかもしれない。自分、意外とテンパってるんだきっと。
障子の向こうから間延びした抗議が聞こえてきた。
「ちょ、閉めるなー。」

 再び障子を開けると今朝がた確かに畳んで部屋の隅に重ねておいたはずの布団が畳いっぱいに広げられている。いや、問題はそこじゃなくて日乃本人よりよっぽど好き勝手に日乃の布団にうつぶせて寝っ転がっている少年の存在だ。小銭二枚で買える、フランスパンの弟分みたいなやつに準チョコレートをこってり塗りたくった駄菓子をぼりぼり貪りながら、雑誌『花と悪夢』をゆっくり捲っている。
「少女誌ってなあユーモアのセンスにかけるのな。男と女がくっついて離れて、そんなのばっかし。」
「いやその前に何で人ん家でそんな午後二時の専業主婦並みに寛ぎまくってるんですか。不法侵入罪って言葉知ってます?」
「オレドロボウだもん、不法侵入とか家宅捜査とか強制押収とか日常茶飯事っすよ。大体この部屋もうすぐおめーさんのもんじゃなくなるんだろ?」
「三分の一しか合ってないです、あとの二つはあなたを捕まえる側の用語です。ドロボウが家宅捜査して強制押収してどうするんですか。…じゃなくって、桜庭月夜?」
少年は雑誌を捲る手をぴたりと止めた。そして日乃と真っ直ぐ、顔を合わせる。性別を疑うほどに整い過ぎて綺麗すぎる、西洋人のような顔立ちに妖艶な頬笑みを湛えて、有名な少年大泥棒は身体を起こして、立ちあがった。
「…ご名答。あんた流行とか疎そうだけど、よく知ってたね。光栄だよ」
 桜庭月夜はにらのような長い髪を靡かせて、にっこり笑う。日乃はこの狭い部屋の中で月夜が思いのほか背が高いのに気がついた。そして視線がかみ合った時から気になっている、月夜の左頬に刻まれた桜のような花の文様。月夜は日乃の視線の先にあるモノに気が付いたのか左頬に手をやった。
「あ、これ気になる?嫌だったら消せるよ。今のとこは、だけど」
 月夜が左手のひらを退けると、傷一つない滑らかな皮膚がただ生白く頬を覆っていた。これには流石の日乃も口に手を当てて驚いた。
「うそぉー。」
「タネも仕掛も御座いません。何なら触っても良いのよん。」
月夜はけらけらと笑った。

「で、なんで婦女子に人気な大泥棒があたしの部屋にいるんですか。それもあたしが遊郭に売り飛ばされる直前なんてめっちゃ都合が良い時期に」
「人気が出るのは良いけれど、白夜の野郎と掛け合わすのはやめてほしいんだな、なぜならオレは純然たるノンケだ。…ああはいはい僕が君のお部屋に邪魔してる理由ね。さっきも言った通りあんたを盗みに来たんだよ。」
「何のために?どうして?」
「…そうヒトが損得尽くで動くみたいに考えるの止めた方が良いよ、人生がつまんなくなる。依頼人が居たからだよ、あんたを盗み出して欲しいってね。ホントは依頼できる立場の人じゃないんだけど、まあ色々裏から手を回して。大人ってタイヘンだね」
 月夜はまたしてもけらけら笑う。日乃は思う。こいつ、病気かよ…。

「お日乃ぉ、もう十分は経ったわよー。」
「いや奥さん、やっぱり逃げやがったんじゃないんですかい?」
「有り得ないわよだって、お日乃の部屋の真下に見張り着けてんでしょ」
「飛び降りた際にそいつの団子っ鼻に嬢ちゃんの土ふまずがクリティカルヒットしたら逃げられないことも無いかも…」
「なんてこったい一人しか張らせてないなんて!!佐吉、お前は表通りを探しておいで、最悪街外れの門で追いつけるから!与平、お前は付いておいで…」
 ぎしぃ、ぎしぃと階段を昇り始める音がする。日乃ははっと我に返る。
すぐ行きます、と存在証明をしようと大きく開けた口を月夜は何時の間にやら日乃の背後にまわり、ぐっと塞いだ。
「あにふぶんへふ(何するんです)」
「あんた、バカだなぁー、今オレの手を取って逃げれば遊郭であーんなことやこーんなことさせられずに済むんだぞ。あの肉まんノーズぶっ飛ばすのに一秒も掛からなかったし、二人で逃げれば怖いものナシ!なんだぜ。」
 日乃は少女の細腕に出せる可能な限りの力を振り絞って月夜の手の甲を抓り上げる。
「いぎっ!?おめーが何すんだこのアマっ!」
 月夜が慌てて手を離し、赤味を孕んだ皮膚にふうふう息を吹きかけるのを見ながら日乃はきっぱりと答えた。
「依頼してくれた人とあなたには申し訳ないけど…私が今行かなきゃ一法師堂は消えてなくなるんです。」
「あんたが身売りしたとこであのオヤジと継母と、その兄貴だっけ?その金資本にまともに商売やりなおす訳がねえだろ。大体娘身売りしてへーゼンとしてる父親なんて見たことねえよ。オレが知ってるあるおっさんなんか…」

「…あんたもうちょっと裾持ち上げとくれよすっ転ぶとこだったじゃないか!ああしんどいやっと昇れた…ってお日乃!誰と話してんだい!!」

「あれでもあたしのおとっつぁんです。それに…今思い出したけど、おっかさんも泣きます。『一法師堂を守って』…忘れてた。それがおっかさんの最期の言葉でした。…月夜さんなら窓から逃げられると思います。それじゃ、依頼してくれた親切な人に宜しく。」

「お日乃っ!!」
 ぐぁらっ、威勢良く障子を開け放ったのは日乃の方だった。『お母さん』におとっつあん、与平はいきなり眼前に現れた日乃の高い鼻に自分の鼻をぶつけそうになって慌てふためき、よろめいた。『お母さん』は自分が纏う、殆ど動くために作られていないであろう豪奢な着物の重量を支え切れずにおとっつあんや与平諸共、ぐしゃどしゃめしゃ、と崩れ落ちた。床に積み重なる布と人で構成された無様な団子を冷ややかな目で見降ろしながら日乃は言った。
「…どーせ最後になるんだから少しくらい思い出に浸ってたって良いじゃないですか。もういいです、さっさと起き上がって下さい邪魔だから。」

日乃が背中を向けた部屋にはもう誰も居なかった。しかし日乃は、今この瞬間確かにあの少年の声を耳にしたのだ。

『つまんねえ女』

To be continue

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Posted at 03:35 | マダム沌夕 | COM(3) | TB(0) |
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