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2010.09.25

マジラバ 第七話 船上が戦場!陰謀のダンスホール 後編②

じりりりりん。じりりりりん。
不二里国光の宿泊する部屋の、黒電話のベルが鳴ったのは、十一時も過ぎた頃のことであった。
「何の用だ」
受話器を取り、いつものように相手が誰であろうと不遜な口調で応対する国光。電話口の向こうで、部下がすっかり落着きを失って緊急を伝える。国光は口の両端をぐいっと上げ、もともと人受けのしない人相をますます悪くしていた。
「橘が戻ってきたとな。当初の予定通り、始末しろ。死体はそのままにしておけよ…何?神崎竜星も一緒に居る?」
杏子に海に投げ込まれたはずの、神崎が。生きている。これはどういうことなのか?そしてそれが都合の良いことなのか悪いことなのか。国光はしばし思案する。指示を仰ぎに来たこの男も、神崎をどうするかを聞きたいのであろう。
私は当初、神崎を殺すつもりはなかった。しかし、杏子が独断でやったこととはいえ一度殺しかけた今となってはどうだろうか。
国光は受話器を置いた。それから人の思惑など知りもしないで机の上に鎮座する漆の箱を開けた。

鈴音は豪華な絨毯の上に転がされたまま身動きできずにいた。傍らには四肢を打ち抜かれ、時折苦しそうに呻く呉葉。流れ出た血は既に鈴音のドレスの裾を赤く染めていた。このままじゃ私の前に呉葉さんが死んでしまう。しかし鈴音自身も手錠と鎖で縛られ、どうすることも出来ない。それどころか自分の命も危ないのに。
鈴音は唯一自由に動かせる頭を動かし、杏子を見た。杏子は憎たらしいことに鼻歌など歌いながら、実に愉しそうにスーツケースを漁っていた。おそらく私に何らかの影響を与える薬を探しているのだろう。杏子が使う事に決める薬は何であれ、私の心を、身体を、命を危険に晒すだろう。…生き延びなくちゃ。竜星はきっと来る。助けられてからが本格的にコワいという説もあるけれど。もし来なくても、ここに呉葉さんがいる以上右京さんが来ると思う。おそらくこの二人の信頼関係は絶対的なものだ。いや、竜星は生きてる。アイツがそう簡単にやられる訳無い。鈴音は口を開いた。
「もし竜星に何かしたとして、貴女は自分がどうなるかわかってるの?」
杏子は大量の、そして様々な色や形や大きさのガラス瓶たちをガラガラさせる手を休めずに答えた。
「もう過ぎてしまったことをわざわざ蒸し返して何になるの?…どうもしないわよ。邪魔な奴が減ってお父様は喜ぶんじゃないかしら。」
鈴音はまた話しかけた。
「私はそうは思わない。だって、不二里一族と天魔連は昔から深い関係があるんでしょ?詳しいことは知らないけど…不二里社長は精々、私を人質に取って竜星を脅すだけにしようと思ってた筈よ。」
「脅しただけだったとして、果たして神崎は大人しく黙ってたかしら?これだからお父様は甘いのよ。だから伯父さまに押されてるの。」
杏子は鳩の血のように鮮やかな赤い液体の入った丸い小瓶を選び出して矯めつ眇めつ眺めていた。どうやらそれに決めたらしい。鈴音はぞっとしたが、恐怖を堪えて言葉を紡ぐ。
「最年少一級魔導士がパーティーに調査に行ったっきり行方不明…もともと不二里食品を怪しいと思って竜星を送りこんだんですもの、後日調べが入るのは確実よね。隠ぺいするのに奔走することになる社長はそれでも貴女の事褒めてくれるかしら?」
杏子の動きが止まった。瓶を持ったまま、物を言うことも儘ならなくなったように硬直している。どうやら弱みを突いたらしい。これで何秒稼げるかな。あとが怖いけど。
「…お黙りなさい。後悔するわよ。」
凄味を増した低い声で杏子が言った。こ、怖い!しばしばあることだが今日も何度そう思ったことだろう。それなのに鈴音は何故か言われた通り口を噤むことが出来なかった。
「社長のこと、好きなんですね。ナツメ君が言ってました。天魔連の学校に通ってるの、不二里一族じゃ今は自分だけだって。」
「お黙りと言ったでしょう」
「認めて、もらいたかったんですよね」
口に出してしまったらわかった。推測の域を出ないけれどこの反応を見る限り間違ってはいないだろう。ちょっとだけ、今の自分に似てる。痛めつけられるまでの時間稼ぎという企みを除いたら、心に残るのは同調か、同情か。
「黙れ!!」
言葉が過ぎたようだ。恐らくどちらも求めていないらしい杏子が瓶を投げつけてきた。鎖と手錠のせいで大して避けることも出来ず、鈴音は硝子の破片と毒薬をマトモに食らってしまった。髪からぽたぽたと滴り落ちる、透明で赤い液。雫が落ちた先のドレスの布に、しゅうぅと煙を上げて穴を開ける。鈴音の顔が引きつる。が、不思議と痛みも感じないし血もが垂れてくる感触も無い。杏子の顔に再び浮かぶ、貪るような表情。鈴音がしまった、と思ったその時であった。
ジリリリリリリ…この部屋にも、救いのサイレンは例外なく響いてきた。今度は杏子がしまった顔をする番だった。鈴音は喜ぶ。やっぱり生きてた!勿論サイレンだけではその証拠には為らないことは分かっている。しかし、直感的にそう思ったのだ。
「喜ぶのは早いわよ!」
杏子が拘束された鈴音と傷ついた呉葉とを無理やり引っ張り上げた。

「なんだ?」「どうした?」「うるさいわねこんな夜中に!」
船中を駆け巡る止まないサイレンの音に、寝室から次々と顔を出すのはバスローブにネグリジェの客人たち。パーティーを怪盗にぶち壊され不安と緊張の中、国光の説明と謝罪を受け、一流の設備と美しさを誇る寝室に引っ込んでドレスや化粧や作り笑いを引っぺがして疲労困ばいした今日に終止符を打とうとベットに入った矢先のこの騒ぎ。不二里グループに対する信用はだだ下がりだ。ドア一枚隔てた廊下では、警備員やボディーガードら不二里の陣営が慌ただしく行ったり来たりしていた。
「居たぞ!殺せ!」
物騒な掛け声を放った男がその直後、無数の長い銀の棘と真紅の炎をほぼ同時に浴びて、黒こげのウニのような様相を呈して真後ろに倒れた。
「ちょっとごめんよっ!」
言葉とは裏腹にキゼツした男を踏みつける事すら厭わず、どたどたと駆けていく男が三人。竜星、右京、玄海は自分たちに立ちはだかる者たちを見つける度に杖を振り、問答無用で排除する。若くしてこの国では最強の魔法使いの証である一級魔導士の資格を得た二人が揃ったのだ、見た目ばかりが屈強なだけのボディーガードなど敵うわけがなかった。上からの攻撃は竜星が防ぎ、下に居る敵は右京が焼き払う。もともと捕える者と捕えられる者であるとはいえ、結成一時間の即席コンビとはいえ、絶妙のコンビネーションで数を潰していく。
「?!」
竜星と右京は見えない何かに撥ね飛ばされて尻もちをついた。痛みに顔をしかめる間もなくぬうっと現れ出た巨大な手が二人を掴んで持ち上げる。その巨大な男は手から胴体へ胴から脚へと色づいていき、数秒の後には全身を現した。
「つーかまえたネズミちゃん、もう逃がさない…ぞえっ?!」
アメコミの悪役のようににいっと歯を剥き出しにして笑ったわりに、呆気なく男は二人を離した。無理もない。右手を灼熱の体温で焼かれ、左手を何本もの鋭利な刃で貫かれたのだから。
「うが…ぐああああっ!!」
それだけに留まらず、熱と刃の呪は男の両腕を導火線代わりにして伝っていき、全身を覆い尽くした。体半分真っ黒で、もう半分はハリネズミのようになってしまった男を尻目に、竜星と右京は言い放つ。
「「俺に触れたらケガ/ヤケドするぜ」」
「カッコつけてる場合か!!」
妙にハイテンションな二人を一括するのは戦闘力の低さゆえ控えめにしていた玄海。見ると、誰も居なくなった廊下の果てから、重い靴底の音をさせて、貫録たっぷりに歩いてくるタキシード姿の肥った初老の男。
「ラスボスがお出でなすった…」
国光は三人まで数メートルの距離まで近づくと、にっこりと笑った。手には、蝙蝠の羽の形を一枚あしらった、燦然と輝く銀製のおたまのように大きな匙。悪魔のスプーンだ。
「これはこれは神崎殿。まさか貴方が、天魔連に対して、ひいてはこの国に対してそのような裏切り行為をするとは夢にも思っていませんでしたよ。」
両腕を大きく広げてわずかにのけ反り、オーバーなジェスチャーとともに嘯く国光。
「ああ?何言ってやがんだてめえ」
怪訝そうに突っかかる右京に対して、国光が言わんとしていることを理解した竜星は国光を睨みつける。竜星が悟ったであろうことに気付きつつ、国光はなお愉悦を含んだ笑みで下品な唇をゆがめた。
「貴方の隣に居るのは悪名高き魔法盗賊、橘右京。この悪魔のスプーンに手を出した不埒者ではありませんか」
国光はスプーンを持つ手を前方に伸ばし、見せつけるようにした。
「スプーンの主を求める性質によってこのように元に戻って来てくれたから良いものを…いや、スプーンの事ではなく、貴方ともあろう者が、スプーンを守ろうとしていたはずの貴方が、犯罪者と手を組んで私の部下たちに乱暴の限りを尽くすとはいかなること。これは、由々しき事態と言わざるを得ない」
危険な呪いが飛び交う音が聞こえなくなったため、安心してドアから顔をのぞかせる客人たちは国光がとうとうと述べる嘘を断片的に聞きかじり、互いに顔を見合わせる。マジかよ、ウソだろ?そんなひそひそ囁く声が竜星の鼓膜に侵入ってくる。
「てめえどこまで…」
ようやく事態が呑み込めた右京も国光を睨みつける。右京は杖を呼び出し、炎を噴出させたが、国光の術かスプーンの魔力か、見えない防火壁がそこにあるかのように途中で不自然に広がり、消えてしまった。国光はスプーンを高く掲げて、勝ち誇ったように言った。
「さあ皆さんお聞きになられたでしょう、この二人の反逆者どもを捕えるのに力をお貸しください。」
国光の筋張った醜い手がスプーンの柄を強く握った。スプーン全体が青く白く怪しく、ぼうっと発光した。それに反応して…客人たちは一瞬、心臓まで凍らされたかのように動きを止めた。その瞬間目を開けていた者は、以来瞬きもせず、生の光を失った瞳で虚空を見つめている。これはまさに、悪魔のスプーンの禍々しい魔力の効果であった。パーティーで彼らが口にした豪勢な食事の数々に込められた暗示魔薬は、彼らの体内で血となり肉となり、スプーンと呼応して血管の巡る至るところまで支配した。いまや哀れな操り人形たちは、互いを認識することもせずに国光の命令を待つのみであった。空っぽになった脳に響き渡る、天の声。
『八つ裂きにしなさい』
それを合図に男も女も子供も老人も、一斉に竜星、右京に飛びかかった。

「なんか騒がしいねえ、秋姫ちゃん。折角のパーティーなのに」
なんとなく楽しそうな調子で、パンツ一丁の男は隣を歩く妻に語りかける。妻は何も喋らない。別に気にしない、彼女はもともと無口だ。それよりも全身に負った火傷の方が気になる、治るかな?治るよね。
「いやー…泥棒君もやってくれるよね?だって不二里食品の兄弟会社社長が居ないの、誰も気づいてくれないんだよ?それともみんなが薄情なのか」
それも別段気にすることも無く、長十郎はくすくす笑った。よくよく耳を澄ませれば、騒ぎを構成するのは悲鳴、足音、物が破壊される音。アグレッシブだ。
「国光、これから大変だなあ。やっぱ悪いことはしちゃいけないね☆」
「…」
不二里夫人、秋姫が何か言った。やっぱり気にしない様子で長十郎はニヤリと笑った。
「じゃあ訂正、悪いことは気付かれないようにやるべき、だ。」

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Posted at 03:17 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
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