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2009.12.10

マジラバ第四話 燃焼!公務員(魔法使い)vs泥棒(魔法使い)

一年前…


ネオンの彩る遥か上空。夜空は焔のように真っ赤に染まっていた。耳を貫く警告音は木霊となって秒速三百メートルで天を翔けるが、一群たちは先頭をバイクで突っ走る捕り物に触れることも出来ず、やきもきと追いかけていた。どんどん引き離されていく焦燥感から先頭のパトカー(天魔連のそれは空を飛ぶ)、つまり八百比久尼のすぐ前の車に乗った若造の魔法使いが窓から杖を突きだし、振った。杖からしゅるしゅると麻縄が数本伸びだし、バイク目掛けて翔んで行く。比久尼は叫んだ。
「バカ、アイツに燃える武器は…」
比久尼が言い終える前にバイクの男は振り向いて杖を抜く。ボン、爆発音がして麻縄に火が着いた。赤い焔は縄を伝って若い魔法使いと彼が乗ったパトカーに…
「うわーっ!!」
魔法使いは叫んだ。恐怖の悲鳴はパトカーごと獰猛な焔にくるみこまれて直ぐに掻き消された。比久尼の目の前が一気に明るく熱くなる。後方からのパトカーが腹の底に響くような音を立ててぶつかりあう。衝撃の波は比久尼のパトカーにもやってきた。
「ぐっ!」
車体後方が潰れてパトカーが不穏な揺れ方をする。墜落するかもしれない。比久尼は人差し指と中指を揃えて空中に星を描く。パトカーの戸が星形に切り裂かれ、先端が飴細工の花のように開く。追突と引火の連鎖の中、比久尼は何とか脱出し、手に長くて大きな数珠を持って生身のまま空を飛ぶ。バイクと人では競争にすらならないことを知りながらだ。だって彼は、比久尼の、
「待て!道を踏み外すな!戻ってこい!」
しかし嘗ての教え子は天魔連の『重要機密』を抱えて振り返らずに逃げていった。
後ろでついに爆発が起こる。飛び散るパトカー。まるごと墜ちて地上に大きな迷惑をかけるであろうパトカー。天空の地獄から脱出出来た魔法使いの一人が急いで比久尼に翔び寄り、比久尼の手を引いて避難させた。
「大丈夫ですか?」
しかし比久尼は返事もせず、立ち尽くすだけだった。道を踏み外しているのは、どっちなのか。


現在…
開け放した窓から風に紛れ込んで忍び込んできた、ふんわり甘いキンモクセイの薫りの中、神崎竜星は本を捲っていた。竜星の烏揚羽のように黒い髪を、わずかにひんやりする程に秋の気配が高まった風がさらりさらりと撫でていく。ああ、読書に耽るきれいな少年というものは無駄に優雅だ。例え本の題名が『痴情の星、秋の巫女装束スペシャル』というくっだらないものであったとしてもだ。
 匂いといえば、さっきから厨房から砂糖と卵と恐らくさつまいもを加熱する甘ったるい匂いが、キンモクセイを殺すくらいの強さで風に絡んで漂ってくる。そこで竜星はついに顔をしかめる。またあいつがなんか作ってやがる。三週間前から師匠に押し付けられて一緒に住むことになってしまった少女。鬼塚鈴音。そのアホ師匠の娘にして自分の弟子なのか何なのかわからないそいつは、やたらと菓子を作るのが好きだ。暇があれば厨房にこもっている。女ってのはどうして概して甘いものが好きなのか。それで太るぞって言ったら殴りかかってくるし。自業自得だろうが。
「カナダの児童小説のヒロインじゃあるめーし、なぁにが楽しくて…」
かく言う自分も少し貰うことは棚に上げ、竜星は呟いた。
 とたとたと、軽い足音と呑気なハミングのメロディを絡めて鈴音が歩いてくる。調理が終わったのか。竜星は本を閉じた。
「うふふ、上手に出来た。」
鈴音はジーンズにTシャツのシンプルな服装の上に柄のない淡いピンクのエプロンを着け、幸せ気分で廊下を歩いていた。手に持った丸盆には、香り高い琥珀色の紅茶とふわふわしっとりとした肌の、ひよこ色したサツマイモ蒸しパンが四、五個乗っている。今世紀最高の出来じゃないのこれ。鈴音は瞳を輝かせながら自分への愛情たっぷりな作品を眺めた。後はこれをどうやって自室に持ち帰るか…あいつに見つからずに。
「手伝ってもくれない美味しいとか言ってもくれないバカ師匠には一個たりともあげないもんねっ!」
「ほお。」
鈴音のすぐ後ろで声がした。鈴音はびーっくりして、盆を落としそうになる。竜星はひょいと指を振って盆を宙に留まらせ、蒸しパンを一つ奪い取った。
「あーっ!!」
鈴音が抗議の声を上げる。
「アフタヌーンティーが台無しになるのと迫りくる肥満の影から守ってやったんじゃねーか、感謝しろよ。」
竜星は澄ました顔で蒸しパンにかじりつく。鈴音は竜星に掴みかかる。
「よけーな御世話よっ!それに前者はあんたのせいでしょうがっ!!大体あんた、この先はあんたの部屋と階段しかないのに、なんで、どーやって私の背後に?!」
「だから、俺魔法使い。」
竜星は鈴音の攻撃をひょいひょいと交わしながら尤もなことを言った。

 とまあ、こんな風に女性の熱視線と恋文が引きもきらない超絶美形最年少一級魔導士は実はすっげー意地悪だ。一ヶ月近くを一緒に過ごして、ここの生活には大分慣れてきた。こいつの性格には、…毎日頭痛がするくらいには悩まされている。
「あーそうそう、今朝の新聞にまた『現代日本のネズミ小僧・橘右京見参』て書いてあったよ。そろそろあんたのとこに流れてくるんじゃないの?」
「面倒なことを思い出させてくれるな。」
ダイニングにて、結局二人でティータイムを過ごす羽目になった。折角の静かな一人の時間が…寧ろこいつ、構ってほしいのか?そんなわけないか。
「そう言わずに。ご飯のタネでしょ。」
「お前ますます母親じみてきたな。」
竜星は蒸しパンをかじりながら毒づく。若い身空で、と言ったところで例の装飾豊かな楕円形の鏡が真珠色に輝き始めた。
「良い勘してるな。秘書に昇格してやろうか。」
竜星は鈴音を皮肉ってから、鏡の前に歩いていった。

「二人で優雅にお茶とは、随分親密になったことだな。」
鏡の中から比久尼がにやにやと冷やかした。
「一緒にお茶してくれる相手すら八百年もいないとさぞ悔しいでしょう。」
そんなんじゃありません、と語気を荒げて反論する鈴音に対して竜星は涼しい顔だ。比久尼は忌々しそうににやけ顔をすっと引っ込めて新聞を取り出し、広げた。
「『現代日本のネズミ小僧…』」
「橘右京見参でしょ。」
竜星が続きを取った。
「ほう、ようやっと四コマと天声人語以外も新聞を読むようになったのか。」
比久尼は皮肉った。
「竜星、お前は橘右京を知っているか?」
「名前くらいなら。三年前、最年少一級魔導士の称号を得ながら一年前に天魔連を裏切って逃亡し、以来あっちこっちで魔術関連の品物を盗み漁っていると聞いてます。」
「詳しく知ってるんじゃん…」
鈴音がツッコミを入れる。
「そう。二百万の賞金がアイツの首に懸けられている。いや、最近三百万の『デッドオアアライブ』に引き上げられてたかな。」
比久尼は浮かない表情をしていた。
「犯人に興味のない比久尼さんにしてはよく覚えてますね。」
「アイツ、私が魔法を教えたんだ…」
比久尼は唇さえ噛んで悲しそうな、悔しそうな顔をした。
「近々現れる場所の目星はついてるんですか?」
比久尼の感情など知ったこっちゃないと言わんばかりに竜星は遮った。比久尼は一旦目を閉じて、息を吐いてからゆっくりと首を横に振った。
「そうですか。」
竜星は鏡に背を向けた。比久尼はそれを引き留める。
「捕まえるのか?」
「それ以外にどうするんですか。」
竜星はあくまでも淡々としていた。

「比久尼の奴ウソついてやがる。」
鏡の通信が切れてから、竜星は舌打ち混じりに呟いた。
「竜星、あんな言い方しなくても。」
鈴音は咎める。
「なんか、橘さんとやらに思い入れがあるみたいだったし。」
竜星は紅茶を飲み干すと芍薬のようにすっくと立って鈴音を見下ろした。
「魔導士の仕事は天魔連の為に闘うこと、教官の仕事は魔導士をサポートすること。自分の感情に振り回されて仕事を放棄するなんざ言語道断。」
「…たまには真面目なことも言うのね。」
「俺はいつだって大真面目だ。わかったら過去一年間の新聞と電脳(パーソナルコンピュータ)取ってきな。」
さっき面倒臭いって言ったくせに…とぼやきながら鈴音は玄関に積んである新聞の束を取りに言った。

「ったくあの女子高生、ちょーっと声掛けただけで大声出しやがって。三百万の賞金首ってだけじゃねえか。差別だろ。」
なんとか荘、と名前の付いてそうな小汚ない木造のアパートの更に汚い四畳半、飾りみたいに狭いベランダの付いた窓際に腰掛けて、沈んだ夕日の残り火だけを灯りにして新聞を広げる若い男が居た。男はぱらりと緩やかな音を立て、新聞を捲る。
「現代日本のネズミ小僧橘右京か…こりゃ良いねぇ…」
男は自分の名前を新聞に見付けてほくそ笑む。
「右京、あなたは賞金首なんですから目立ったことは控えて下さいよ。あなたが捕まってしまったら、私たち行くとこなくなってしまうんですから。」
仄暗い部屋の隅から少女の声がした。右京と呼ばれた男は新聞を畳み、その少女に不敵に笑いかけた。
「わかってるよ。お前達がいるから捕まらないでいられるんだよ。さぁて今夜は、どこを狙おうか…。」

「天魔連薬草園の『スマトラ巨大マンドラゴラ』、天魔連立古代魔導具博物館『世界最古の箒』…どれもこれも天魔連関係じゃねーか。こんな明白なの誤魔化そーったって無駄だっつーの。」
自分の部屋で新聞を床一面にばら蒔いて、電脳ネットを開いている竜星はにやりにやりと笑っている。
「竜星、ここわかんない。」
傍で『杖魔法のいろは』を読んでいた鈴音が質問してきた。竜星は素っ気なく答える。
「わかんなきゃ飛ばせ。」
なんつー師匠だ。だけど…
「あんたって、意外に仕事熱心だよね。」
「あ?」
「だって、面倒臭いとか言いながら結局こうして調べ物までしてるし、何気に困ってる人は見過ごさないし。」
「ホントなら戦いも手のかかる弟子の教育もしないで一生寝てたいよ。死ぬまで死んだよーに眠ってたいさ。」
でも、だったらどうして竜星は一級魔導士なんてやってるんだろう?どうしてそもそも、その資格を持っているんだろう?鈴音は疑問に思ったが、聞くのは止めた。どうせ『俺が天才だからだ』とか言われておしまいだ。
「ところでさ、杖の振り方からしてわからないんだってば。使う魔法によってエネルギーの循環が違うからってどう違うのよ。」
「はあ?お前そんなこともわかんねえの?」
バカもここまで来るとギネス級だな、ときっつい暴言を吐かれる。そんなのにも大分慣れて…慣れ…いや、ムカつく!鈴音は『杖魔法のいろは』で竜星の頭をぶったたいてやった。

「それで、出た答がどうして天魔連立翅黒美術館なのよ。」
 天魔連立翅黒美術館とは、魔法族の芸術品について世間一般に良く知ってもらうために作られたまだ新しい美術館だ。今はちょうど『ソルガム・コーリャン 危険と美の芸術展』が開かれている。コーリャン氏は有名なのか、閉館近い時間になっても来客の姿がちらほら見られた。
 いつものような着崩したブレザーの竜星と、大きなリボンが付いたセーラー服の鈴音、そしてホーリーは、どーみてもその価値が解りづらい絵画や彫刻に囲まれた美術館の広いホールに佇んでいた。
「近所だったから…」
「そういうのは無しだぜ。」
ホーリーが先回りする。竜星はため息を吐いたが、結局答えた。
「奴が天魔連関係を主に狙ってるってのは言っただろ。で、奴は津々浦々どこにでも盗みに入るんだが、ここ三回くらいは関東をターゲットにしてる。あと関東の天魔連施設で魔術的に価値があるものが置いてあるのはここくらいだからな。もう良いだろ、作者は推理物書くの苦手なんだ、ボロが出たら哀れだろ。」
「いやもう既にズタボロな気が…」
 誰について言っているのかわからない二人の会話は放っておいて、鈴音はコーリャン氏とやらの作品を見て回った。血のように真っ赤で毒々しい首のない猫みたいな形の『恋心を詰める壺』、真っ白な大理石で出来た、美しい顔以外はグロテスクに捻じ曲げられた少女の裸身『偽物の歌姫』、壁一枚埋め尽くすほど大きなキャンバスに淡いピンクと紫の靄か花かで出来た、陶酔してるんだかもがき苦しんでるんだかのヒトの顔がうじゃうじゃ浮かんでいる『心象桃源郷』…無節操なほど色々な作品があったけど、鈴音がたどり着いた結論は『芸術は解らん』、であった。コーリャンのは全部見たし、飽きたし、というか気分悪いしでもう戻ろうかと踵を返しかけた鈴音は、途中にあった一枚のキャンバスの前で立ち止まった。三十号ほどの大きさの、一枚だけ紛れ込んだ人物画。白いドレスの若い女が椅子に腰掛け、傍らに若い男が立っている、思い切りありふれた構図で渋い色調の古い絵画。しかしただ一つ、鈴音にとって非常に目を奪われる特徴があった。赤みを帯びた長い髪の女の顔立ちは、
「…私に似てる…?」
いや、私はここまで美人じゃないけど。大体私が絵のモデルになったの、向こうの世界で小学校の時、図工の時間に隣の席の子と似顔絵の描き合いっこした時くらいだけだし。でも竜星に教えたら、『鏡に写る自分の顔目えひんむいてよっく見ろナルシストが』とか言われそうだ。
「鈴音、うろちょろするな戻ってこい。」
絶妙なタイミングで竜星の呼ぶ声がした。鈴音は駆け足で戻りながら時々後ろを振り返った。

竜星は鋭利な杖の先を使って床にごりごりと六茫星を堀込んでいた。
「ちょっと、良いの?」
竜星の代わりに答えたのはホーリーだった。猫叉は後ろ足で立ち、欧米人のように肩を竦めて首を横に振った。鈴音はそれで総て理解した。訊いても無駄か。
やがて竜星は彫り物を終えて、星の真ん中に杖を突き立てた。
「良いかお前ら、ここから何も喋るな動くな息するな。死にたくなかったらな。」
「いや息しなかったら死ぬって。」
鈴音が重大な矛盾を指摘するが、竜星は無視した。
「高等魔法…銀霞…発動。」
竜星が杖を握り、念を込めた。聴覚では捉えきれない音がして、一瞬鈴音は、否応なしに息を止めずにはいられなくなった。空気が、ずしっと重くなって身動き出来ない。唯一動かせる眼球だけ動かして、ホーリーに目をやる。ホーリーも苦しそうだ。竜星は平然として杖の傍に立て膝着いて、何かぶつぶつ呟いている。
今度は何が起こるんだろ。目にする度にびっくりどっきりな魔法の中でも更にハチャメチャな竜星の術に、何時も驚かされっぱなしだ。鈴音は息を呑んで呪文らしき詞を紡ぎ続ける竜星の後ろ姿を凝視した。
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Posted at 22:47 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
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