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2009.11.28

マジラバ第三話 乙女心はスパイスの香り 前編

「朝飯和食にしろよ」
「はーい!」
「便所掃除しとけよ」
「はいはい!」
「晴れてるから洗濯しろよ」
「…はーいー。」
「あ、そうそう地下室な、最近たまーに北極にワープすることがあるから気をつけろよ」
「それを早く言えーっ!!」
 
 とまあ、これが今日の鈴音の朝の過ごし方だ。くったくたに疲れて新しい学校の門を潜ったのが八時三十三分、一時間目はもうとっくに始まっている頃だろう。
転校初日で遅刻とか…。鈴音は苦い顔で誰も居ない校庭に立ちすくむ。
その校庭の地面は細かい砂が敷き詰められた硬い表面で、隅の方に手入れ不十分な花壇と緑に繁る木が植えてある。校舎、白いコンクリート製で新しくて四角くて、屋上から突き出た部分には平べったい時計が自己主張してる。一言で説明すれば、魔界の学校にしては、すごく普通だ。何の変哲もないと言ってもいい。…と思ったら自転車置き場らしきところには、自転車に混じって何ともカラフルな色の柄をした箒が横っちょに付けた二本のストッパーで立ててある。隅っこで申し訳無さげかつ厚かましく鎮座ましましてるのは…何これ、大鍋?不思議はよく見ると、花壇にも靴箱にも溢れていた。『盗んだら退学』と言う札が枝に下げられた、(なら植えるなよ!)銀の果実をたわわに付けた金の灌木とか、爪先が三つに深くわかれた革靴だとか。じろじろ観察してたいのはやまやまなのだけど…
「だぁかぁらっ、ちーこーくーだーっっっ!!!」

「今日から翅黒高等学校に転校してきた、鬼塚鈴音さんです。」
薄青いワンピースの布地に被われていない、露な肩から真っ白な翼を生やした女性教師が言った。
「…宜しくお願いします…。」
翼がふわふわ頬に当たるのを一生懸命気にしないようにしながら、鈴音はぺこりと頭を下げた。
黒板に背を向けて見下ろす1年松組なる教室は、校舎の外側と同じく鈴音が今まで見たこともない生徒ばかり溢れていた。拾ってきた小枝のように頼り無さげな杖を小さく振り回して窓から家に忘れてきた筆箱を吸い寄せている人、明らかに人のものじゃない三角耳を頭からつきだしている人?、なんだか肌の色が空色な人??…鈴音が物珍しさを隠しきれずにクラスメートたちをしげしげ見つめていると、すぐ横から白い翼に似合わずピリッとした先生の声が飛んで来た。
「鬼塚さん何してるの、早く席に着きなさい。転校早々遅刻してるんだから。」
くすくすと生徒たちが忍び笑いする。わ、私が悪いんじゃないのに…鈴音は机と机の狭い間を通りながら窓際の前から三番めの席を睨み付けた。朝から掃除だの料理だの雑用を押し付けて鈴音の遅刻の原因を作った元凶は、ルネサンス時代の彫刻のように静かに寝息をたてていた。神崎、いつかぶっ飛ばす!
廊下側から二番目の列の、一番後ろの席にがたがたと座る。あわただしく革の鞄から数学1の教科書を取り出しながら、隣の生徒をちら見する。その女子生徒は呪文も呟いていなかったし、猫耳も生やしていなかった。ただなかなかオシャレな少女であった。肩を裕に越えたライトブラウンの髪は毛先15センチがしっかり螺旋を描いていたし、肌の色は滑らかで均一化されていた。
いるよね、こういう娘。鈴音は正直言って外見が華やかな少女が好きではない。見た目だけ、という先入観があるからだ。鈴音の視線に気付いて少女はニコッと微笑んだ。鈴音は思っていたことを見透かされたみたいにドキッとした。しかしその少女は微笑んだまま、澄んだ声で言った。
「三浦花枝よ。宜しくね。」

「その髪染めてんの?」
「いや、母親譲り…」
「種族は何?」
「一応、魔女かな…」
「私は人間なんだ。」
ギャップと言うのは大抵人を惹き付ける要因となる。鈴音は意外に真面目そうで人懐っこい花枝とすぐに打ち解けた。
この異国どころか異界の地で、ごく普通の女の子と暫定友達になれたのはラッキーなことだった。留学先で思いもかけず日本人に出会ったらこんな感じではないだろうか。
花枝の家は洋食屋だと言う。花枝がまたまた質問してきた。
「鈴音の家は?」
「お母さんが看護婦で…今私一人暮らししてるんだ。」
後半は竜星に仕込まれたウソだ。後ろめたさはあったものの、そう言う方が賢明だと鈴音も思った。
「そう。大変ね。」
やや気遣わしげに花枝は言った。
「それじゃあさ、今日の夕御飯はウチで食べない?」
「えー、私あんまりお金ないし…」
花枝の突然の提案に困ったように笑う鈴音。花枝はそれに満面の笑顔で応えた。
「心配ご無用!ウチは私の友達から金取るほど困ってないの。それに、ほら、一人でご飯食べるよりみんなで食べた方が楽しいじゃん。」
確かに、一日仏頂面の性格醜男と顔つき合わせて食事するより楽しいだろうと思われた。竜星と来たら鈴音の心尽くしの料理にも旨いも不味いも言わずにガサガサ掻き込んで十分くらいで終了するのだ。作り介もない。楽しいわけない。
「じゃあ、そうする。」
「よっしゃ。それで決まりね。」
親指を立てる花枝。真似する鈴音。花枝が、会ったばかりの自分を何の躊躇もなく友達と言ったことが、鈴音は嬉しかった。友情を結んだばかりの二人の少女を、竜星は離れた席からじっと睨んでいた。

「起立。礼。」
日直が決まり文句を言って、その日の授業全てが終わった。授業はフツーに数学とか現代文とか、そんなのだった。あんまり頭に入らなかったのは、元の世界に居たときと変わらない。にわかに騒がしくなり、家路に部活にとお喋りしながら散っていくクラスメートに紛れて、席を立つ鈴音の肩を掴んで引き留める少年がいた。竜星である。
「何よ。」
「何よじゃない、勝手な行動をするなってことだ。」
「勝手な行動って?」
竜星はあくまでも冷たく淡々と答えた。
「師匠である俺の許可なく出歩いたりすることだ。お前自分の立場わかってんのか?」
何だそれ。鈴音はあまりに横暴な竜星の言い方にかちんと来た。それにプラス、初対面から約三日経つ間に受けてきた扱い、溜まっていた鬱憤が堰を切って噴出する。
「私が誰と友達になろうが私の勝手でしょ。あんたの口出しすることじゃない。師匠ったって魔法を教えてくれる訳じゃない、人のこと言い様にこきつかってるだけじゃない。」
「家に置いてやってるのは誰だと…」
「私が頼んだ訳じゃないもん。」
鈴音は竜星を振り払って駆けていった。
竜星は舌打ちして呟いた。
「勝手にしろ。」

靴箱に凭れて、言っちゃ悪いけど異様な形態をした学生や先生が廊下を行き来する様子やバスケットボールみたいな球技を箒に乗って興じているのを現実離れした心持ちで眺めていれば、よっ、などと言う掛け声とともに肩に触れる手。振り返ると花枝のバッチリメイクな笑顔があった。
「行きますか。」

街を歩いていても魔法仕掛けの違和感は日常生活に溶け込み、溢れていた。馴染んだふりしてあからさまに浮いている、判りやすい間違い探しでも見ているような矛盾。ビール瓶詰めた箱を荷台にくくりつけた原付に乗っているおっちゃんの横を、どピンクの箒に跨がったセーラー美少女が優雅にすり抜けていく。頭のてっぺんから一本角を覗かせた奥さまが、ビニール袋からネギをはみ出させてお友達と井戸端会議をしていらっしゃる。
「…ねっ。鈴音ってば!」
商店街の風景に気を取られ過ぎていた鈴音は、花枝の鋭い声にはっとする。
「ごめん、何の話だっけ。」
花枝は大仰にため息をつく。
「まったくもう。さびれかけた商店街がそんなに珍しいわけ?」
花枝は何がツボだったのか、自分が口にした言い回しに自分で笑った。鈴音はちょっと考えて、
「…うん。」
頷いて、しまったと思う。案の定、気まずい沈黙。
「いやっ、あのっ、私の前の学校すんごい田舎で…っ!」
初めての友達に、変に思われたくないのに。魔女である事が異常だった時から必要だった癖に、相変わらず巧くない言い訳を鈴音はしどろもどろ披露する。花枝は場所も構わず笑いだした。
「あははははっ!鈴音あんた、面白いねえっ!」
その笑い声で、鈴音は一時難を逃れた。それにしても疚しい事してる訳じゃないのに、なんでいつもこうなるんだろう。

そこから先は、花枝が喋りまくる贔屓のアイドルやら最新ヒットソングやらの話に相槌を打ったり、笑ったりして道を歩いた。周りの人々には、なるべく目を遣らないようにした。考えてみりゃ三日前、もっと凄いもの見てる筈なんだから。そうしてアーケードの端まで辿り着けば、商店街よりもっと寂れた小さな洋食屋があった。かつては真っ白かったのであろう壁には字体も内容も知能指数が低い落書きが施され、スライスした丸木を模した看板は汚されて墜ちていた。花枝は澄まして『三浦亭』の看板を掛け直すと、鈴音に笑い掛けた。
「ウチにようこそ。」
引き戸を開けて入るときに、花枝がこっそり耳打ちした。
「忘れてたけど、ウチのオヤジに魔女だって事言わない方が良いよ。魔法族も妖魔も嫌いだから。」
「いらっしゃーい。」
花枝そっくりの、快活な声が出迎えた。店内は五つ椅子が置いてあるカウンターの席と、四人掛けのテーブルが二つ。良く掃除が行き届いていて、ところどころに置かれたゴムの木だのシャコバサボテンなんかの観葉植物が明るい雰囲気を作り出していた。広さも内装も、外よりずっと綺麗だったが、肝心のお客はやっぱり鈴音だけのようだ。ま、時間帯も悪いのかもしれないが…
「ねえ、やっぱり払うよ。タダ飯は良くないし…」
鈴音は花枝の気を悪くさせないようにそっと言った。しかし花枝は断固として譲らない。
「良いって言ったんだから、良いの。その代わり…」
そこで花枝は真顔になって鈴音を殆んど睨むような表情をした。
「美味しいか不味いか、はっきり教えてちょうだい。」
「?」

開いたばかりのお店なんだろうか。だったら無料で頂くのはますます悪い気がしてきた。確かに言い出したのは花枝だが…
「あのさ、鈴音ってさ、神崎の事知ってるの?」
花枝の質問で鈴音は思考を止めた。
「な、何よいきなり…」
「だってさっき話してたから。と言うか、神崎から話し掛けてたから。でさ、どうなの。」
どうって言われても…
鈴音は三日前から知り合いと言った。ホントじゃない気もするけど、それ以外に言い様がない。花枝はふーん、と頷き
「じゃあ、神崎のことどう思う?」
「えー?別にどうとも…」
良い奴と思えないことは確かだ。意地悪だし嫌味だし。
「そうか。」
それで花枝は追及を止めた。しかし鈴音ははっと気付いた。が、知らんぷりしてお冷やを啜る。
まあ…ビケイなのは否定しようのない事実だし…強いし…憧れる女の子がいてもおかしくないか。私は嫌いだけど。

そのうち花枝は一度厨房に引っ込み、再び鈴音の前に現れた時にはお盆にカレー定食を乗っけて持ってきた。
「お待ちどおさまー。」
慣れた雰囲気で盆をするりと鈴音の前に置く花枝。各種スパイスの香りが湯気と一緒にふわりと立ち上る。当然だがレトルトと違って三種の定番の野菜と豚肉がしっかりした存在感でターメリック色のルウの海に浮かんでいる。
「わあ、美味しそー。」
「どーぞ。遠慮なく。」
時計の時刻はまだ四時半にもなっていないけど、まあいいや。
鈴音は手を合わせて真っ白なご飯と香り高いルウに、銀色のスプーンを差し込んだ。口に含むと広がる、複雑に絡み合ったスパイスの辛みや刺激。そして奥に隠された野菜の柔らかな甘み。どっちかといえば家庭的ではあるけど、
「美味しい…」
「でしょ!?」
作ったのはカウンターの向こうにちらりとみえるあの頑固そうなお父さんなのに、花枝は自分の手料理をほめられたかのようにはしゃぐ。それから喜び余って父親に大声で呼びかける。
「『美味しい』ってよ、三浦亭七代目!!」
「え、七代目って…」
聞きなおした鈴音の方を花枝は笑顔で振り返った。
「そ、三浦亭は今年で創業百周年。このカレーにはインドの文化と日本人の知恵と三浦亭の一世紀にも及ぶドラマが隠されてるのよ。」
「へえ~…」
脱サラして数年前に建てたんじゃなかったんだ。鈴音はよく見ると年季の入った頭上のランプを見上げた。じゃあ、近所じゃ有名で長い間愛され続けてきたんだ。なのになんで時間が早いとは言えこんなにお客が来ないんだろう。それに外壁の落書き…
「再びお待たせー。」
鈴音の思索を邪魔するかのように花枝がテーブルに置いたのは、ガラスの器に盛られて、生クリームとカットフルーツが華やかな色合いを競い合うプリンアラモードであった。
「え、これ頼んでないんだけど…」
怪訝そうな鈴音に対して花枝は可笑しそうにくすくす笑う。
「これ、ウチの親父の親愛の印。気に入られたんだよ鈴音。」
カウンターの向こうを見ると、ご主人がぐっと親指を立てていた。お、親子だ…
私子供じゃないんだけどな。でもちょっと懐かしいかも。鈴音は見た目から既に甘い甘いプリンを、ずっと小さな頃のようなほんのり暖かな気持ちと一緒にそっと掬った。
しかしプリンは鈴音の口に入らずじまいだった。ものすごい音とともにドアを吹っ飛ばすものがあったのだ。

sashie8

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Posted at 14:07 | マダム沌夕 | COM(2) | TB(0) |
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