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2009.10.25

マジラバ第二話 初めての共同作業?後編

柱時計の二本の針は、九時五分前を指していた。琴音は適当に刻んだ食材を放り込んだ鍋が吹き零れるのにも気付かず、テーブルに着いてロケットを見ていた。調理の手を休めてぼーっと見つめるのは、落書きだらけのプリントクラブ。そこには茶色い髪の小さな女の子が写っていた。琴音は呟いた。
「いつの間にこんなに大きくなっちゃったんだろ…」

ホーリーの叫び声は竜星にも鈴音にも届かなかった。半流動状な霊魂たちに包まれて、鈴音はゆっくりと意識を奪われていった。しかしまあ、今日はよく命の危機に頻する日だ。こうも絶体絶命のピンチが重なると、最早何が起きてもそんなに怖くはない。鈴音は静かに目を閉じた。
突然、目蓋の裏が真っ白になった。何かが鈴音の意識に侵入してくる。白一色で塗り潰された視界に幾つもの映像が浮かんでは消えていく。ああ、これが噂に聞く走馬灯か。とすれば、いよいよ最期…。
しかし、脳にちらつく記憶の断片はどれも鈴音の知らないものだった。屈強で有り得ないほど大柄な男が鈴音を見下ろしている。その瞳に浮かぶのは純粋な憎悪。弱いものを虐げる時に感じる残酷な悦びの光が閃く。男は鈴音の頭を目掛け、硬く重い金属バットを振り下ろす…鈴音は反射的に頭を抱えて踞ったが、想像したような鈍い衝撃は襲ってこなかった。そのかわりに急に寒くて仕方なくなってきた。しかも今まで経験したことのない程の空腹。雨の一粒一粒が身体を引き裂くように感じられる。漂い始めた腐臭に顔をしかめて臭いの方向に目を向ければ、鈴音よりずっと大きな…これはペガサスだろうか…がぼろぼろになって死んでいた。
鈴音は唐突に理解した。これは、人間に虐げられ死んでいった生き物たちの記憶。様々な苦痛の映像が鈴音の中を横切っていく。更に頭蓋を内側からガンガン叩くような恐ろしく哀しい声、声、声。ニクイ、ウラメシイ、イタイ。オナカスイタ。既に拘束され身動き出来ない鈴音にべっとりした獣たちが牙を剥いて飛び掛かる。オマエヲコロス。ニンゲンヲコロス。人間を殺す!ありとあらゆる形の霊たちは一つの意志で結びつけられ、鈴音の細い身体に犬歯を突き立てようとした。
『?!』
獣たちは見えない壁に阻まれ、鈴音を貫く寸前で跳ね返されて散り散りになった。鈴音はおもむろに顔を上げて彼等を見据えた。
「こんなことしたって…あんたたちが生き返られるわけじゃないのよ。何の解決にもならないの!結局どりぃむぼっくすの、人間の良いなりになるだけよ!」
『そんなことはどうでもいい。私たちは憎むべき人間たちに復讐できればそれでいい。』
獣たちが再び集合して鈴音に襲いかかった。しかし今度こそ彼等は鈴音自身も意図せざる見えない力によってバラバラに砕け散り、吹き飛ばされ、キラキラ煌めく塵となって消滅してしまった。
「あ…?!」
地上二メートルくらいの高さでいきなり解放された鈴音は成す術もなく引力に導かれるまま落下して尻餅をついた。一体、何が起こったんだろう。そして私は、何をしてしまったんだろう。
「小娘が…!」
どりぃむぼっくすは、鈴音が絶対に逃れられない負の力を持った筈の霊魂たちを、何故か弾き飛ばしてしまったのに気付いて焦った。親の仇でも見るように鈴音を睨みつける。鈴音が体制を整える前に紫の髪を振り乱したどりぃむぼっくすは、ホーリーに向けていた杖を鬼の形相でこちらに向け直した。
「鈴音っ…」
ホーリーが首に巻いたネクタイをパチパチ言わせながら宙に浮かんでいた。どうしてそうなったのかはわからないがただ事ではないのは確かだ。しかし、鈴音にはどうすることも出来ない。
その時、やはり霊体から解放された竜星が杖を振り上げすっ飛んできた。どりぃむぼっくすは鈴音に杖の狙いを定めたまま竜星に気を取られ、月を背景に浮く竜星を見た。鈴音を挟んで再び対峙した二人の魔法使い。竜星が何かを撲殺するみたいに思い切り杖を振り下ろす。勝負は一瞬で決まった。どりぃむぼっくすは全身に細い刃を刺されてゆっくりと後ろに倒れた。だぁん、思わず耳を塞ぎたくなるような衝撃。竜星は軽やかに地に足を付けた。
「…死んだ?」
竜星がどりぃむぼっくすに放った刃の一本がネクタイを切り裂いたお陰で首を飛ばされずに済んだホーリーが、倒された敵の側に駆け寄る。
「いや、神経を麻痺させただけだ。一週間はまともに動けないだろうがな。」
愉しそうな竜星にホーリーは呟く。
「オニめ。」

「ど…しよう…殺しちゃった…」
だんだん冷静になってきて、自分が何をしたか思い出した鈴音は、両手を見つめながら微かに震えだした。竜星とホーリーは顔を見合わせる。
「私…あの子たちを…」
竜星は座り込んだままの鈴音に歩み寄った。
「…お前がそうしなければ、俺もホーリーも死んでいた。礼を言っておく。」
しかし鈴音は蒼白な顔をしてまだ手を見つめている。なんで、私はこんなことが出来るんだろう。
竜星は頭をかしかし掻いた。
「あーくそ、扱いづらいな。」
竜星は鈴音に手を差し伸べた。
「もともとあいつらは死んでたんだ。それにどりぃむぼっくすに唆されるままにあいつらに俺たちを殺させるよりは良いだろう。さっさと帰るぞ。琴音先生が待ってる。」
「うん…」
鈴音は竜星を見上げ、頷いた。竜星の手を取り、立ち上がった。竜星は肩にホーリーを乗せて、鈴音の手を引き、星と月と何に由来するかわからない色とりどりの光が煌めく夜空に舞い上がった。

「おっかえりー♪」
レンガ屋敷の扉を開けた瞬間、底抜けに能天気な琴音の声が夕御飯の匂いとともに出迎えた。ダイニングまで歩いて行くと、白いテーブルクロスが掛けられて燻し銀の燭台が置かれたテーブルにはあまりそぐわない、ザ・お袋の味的なメニューが並んでいた。ご飯、肉じゃが、味噌汁、青菜のお浸し。まさか夕御飯の支度がされているとは思っていなかったから鈴音は驚いた。しかし何より驚いたのは、
「あんた料理出来たんだ?」
「失礼ね、鈴音がいつも先に作っちゃうからでしょー。」
琴音は数時間前に自分と娘が通り抜けた炊飯器から茶碗にご飯を盛りながら娘と弟子に席に着くように促す。
「竜星、台所自体使った事が無かったでしょ。カップラーメンばっかりじゃ肌が荒れるわよ。」
「いいっすよ男だし…」
文句は垂れるが、味噌汁の匂いを嗅げば空腹を思い出した。鈴音も竜星も手を合わせてから箸を取り、ワカメの味噌汁を口に含む。
「味噌汁しょっぺー…」
「ご飯べちょべちょ…」
一言で言えば、あまり旨くない。
「ホント失礼ねあんたたち!」

「それで、動物霊たちがいきなり消えちゃったのね。」
塩辛い味噌汁も生煮えの肉じゃがも何とか完食し、テーブルの上には空になった食器がならんでいた。
「うん。」
鈴音は頷いた。竜星とホーリーは片付けもせずにとっとと自室に引っ込んでしまった。
「鈴音、それがあんたの魔力よ。」
「どーゆーこと…」
琴音は顔の前で両手を組んだ。
「負の感情を帯びた魂を浄化すること。もっと言えば、魂を操る力。あんたにはそういう力があるの。」

そこで琴音は、娘の目を真っ直ぐに見た。数時間前、既に懐かしい元の世界から脱出した時のように。
「それが、あんたが狙われている本当の理由よ。人の魂を操作できれば人を支配することも出来るわね。だからあんたはその能力を隠さないといけない。そしてあんたには、私がいなくてもあんた自身の人生を送ってほしい。そのために竜星に守ってもらうの。あの子はあれでも、私が考えうる限り最強の魔法使いだからね。」
その眼差しには鈴音が不安に感じるほど、深い寂しさと愛情が込められていた。鈴音は何だか居たたまれなくなりながらも、琴音に聞いた。
「それじゃお母さんは、これからどうするの?どこに行くつもり?」
琴音は少し俯いた。暫く間が空いて、再び顔を上げた時には、いつものちゃらんぽらんな笑顔に戻っていた。
「そうねえ、せっかく子育てから解放されるんだから独身時代みたいに世界一周するのも良いかもねえ。あんたはあんたで幸せにやりなよ。あとはお若い二人に任せるワVフリーダム!」
「あのねえ…」
ちょっとしんみりしたかと思えばすぐこれだ。今生の別れに…なるなんて考えたくないけどなるかもしれないのにこの調子だ。でも、お母さんは私が物心ついた時からそうだった。だからいつでも、そんなふうにへらへらした笑顔でいるのが見たい。鈴音は異界の地での明日からの生活やら自分の内に秘められた能力、これから自分に立ちはだかるであろう何かなどへの不安一ダースはひとまず押し込め、仕方なさそうに笑った。

母娘の会話を木製ドア一枚隔てて聞いていた竜星は、不機嫌そうに呟いた。
「マジであの女押し付ける気かよ。冗談じゃねえ、めんどくさい。」
それに、近い距離にいる人間が多いのは色々不都合なことになりかねない。
「でも、鈴音はおれたちを救ってくれた恩人だぞ?」
ホーリーは竜星の肩に乗って静かに言った。竜星はそれに何も答えずに固く腕組みした。
それに琴音先生は本当の事を言っていない。あの女の力…魂を操るどころの話じゃなかった。俺が見たのは動物たちの魂が問答無用で粉砕されて、どこかに消滅させられる光景だった。
「何考えてやがるあの狐ばばあ…」
「タヌキじゃなかったのか。」
ホーリーがツッコミをいれた。

琴音はその翌朝にはいなくなっていた。宛がわれたこれまた見事に真っ白けな汚い部屋を東の空が白む刻限までかかって掃除して、天蓋ベッドのカーテンの解れの修復はもういいやと思って昨日一日嫌とゆーほど溜めた疲労感の導くままにカビ臭いシーツに倒れ込み、空の真上から燦々と降り注ぐ太陽の光で目覚めたころには琴音はもうどこにも見当たらなかった。
鈴音の新しい部屋は、まだ所々に問題はあれどなかなか素敵な部屋だった。日の光を全部誘い込むような大きな窓、おばあちゃんが使ってそうな古風な衣装箪笥、一本足の装飾的なテーブル。何てったって、女の子の永遠の夢、天蓋付き(お姫様)ベッド。自分だけの場所があるとわかったことで鈴音はとてもほっとした。後に魔法の成せる技かこの部屋には鈴音以外ホーリーだろうと入れないことがわかってもっと安心した。しかし、それで鈴音の心の安定が完全に得られた訳ではなく。鈴音はベッドに座ったまま、洟をかんだ。それから立ち上がった。

「そう言うなら竜星、お前は鈴音をどうするんだ?」
ホーリーが竜星の後ろに付き従いながらまた訊いてきた。竜星は部屋着の黒い浴衣姿で廊下を歩いていた。目の前には炎もないのに蒸気をあげるヤカンが浮かんでいた。竜星は関心無さげに手にもったカップラーメンの器の蓋を開けた。
「天魔連に事情を話して面倒みてもらうか、一人で暮らしてもらうか…不可能じゃないだろ。高一なんだし。」
ヤカンがとぽとぽと音を立てて熱湯を注ぐ。湯気と共にに広がる、ジャンクで甘美な匂い。
「でもあの人、理由があるからお前を頼ってきたんだろ?」
「俺がそこまでする義理はない。それに俺の傍に誰かを置くのは…」
竜星が言いかけて、階段の側にある小さな机に置いてある封筒に気が付いた。竜星はそれを開いた。
「…」
封筒には一通の便箋と一枚の写真が入っていた。『神崎竜星十一歳、寝小便のメモリー。あと百枚ほど焼き増ししてあるので鈴音のことは何卒よろしく』
「何だ何だ?なんの写真?」
ホーリーが竜星の肩に飛び乗った。竜星はホーリーの視線から便箋と写真を遠ざけ、強く握った。二つとも、青い炎に包まれて塵となって燃え尽きた。その時鈴音が緩やかな傾斜の階段をとんとんと降りてきた。
「神崎くん?」
竜星は煤を両手を打って払い、鈴音の方を向いた。
「良いだろう、お前を置いてやる。だかな、弟子になった以上それなりの働きはしてもらう。」
「言われなくても。」
鈴音は真っ直ぐ竜星を見返した。

竜星と鈴音、二人の出会いの物語はこれでおしまい。これは、少年少女が繰り広げる、恋と友情と成長の物語…に、なるのかな?

sashie7

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Posted at 00:48 | マダム沌夕 | COM(4) | TB(0) |
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