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2009.08.17

マジラバ第一話 炊飯ジャーの向こうは不思議の世界でした前編

草一本生えていない荒れ果てた大地。青くひかる黒こげの死体。煙とともに漂う腐敗臭。

…腕の中には、弟のようにも恋人のようにも思っていた少年の右腕、肘から上。少年の肉体の他の部位はどこに行ったかわからない。大方、いくらでも散らばっている炭の欠片のどれかになったのだろう。
「何処へ行く?原種の娘よ」
女のしわがれて低い声が響く。
「そんな用済みの偽物と手を取り合って。お前にはまだまだ働いて貰わなければならないのに。私たちが作る、理想の世界のためにお前の力は必要不可欠…」
女は最後までそれを言う事を許されなかった。首ごと口が消し飛んでしまったのだから、当然話すことはできなくなる。

…あんたたちはいつもそうだ。大義のため、理想のため、そんな御大層な理屈を並べて弱い物を虐げる。そんなくだらない世界、もう、要らない。

「壊してやる」

少女は呟いた。愛する少年を奪われた復讐のため、無残に潰されたたくさんの未来たちのため。
…好き勝手の搾取される自分の尊厳を守るため。

やがて、無が訪れる。


2009年8月某日、東京…


昔っから、自分は時々ヘンだとは思っていた。しかし、今日は特にヘンテコであった。うだるよーな暑さとあぶらぜみの大合唱の中、高校一年生の少女、鬼塚鈴音は帰路を急ぎながら呟いた。
「あっつー…」
最近地球温暖化がどうたらでますますその獰猛さを増した太陽が、オゾンホールを突き抜けて鈴音の無防備な細腕をジリジリと焼く。鈴音がこの高校に入学した理由の一つであるこの制服は通気性はイマイチらしくて、汗で背中と布地がぺったり貼り付いて気持ち悪い。唯一の救いは先週髪を切ったばかりだという事だろう。柔らかく跳ねた、日本人としては色素の薄い赤みのある茶色い髪は、鈴音の首筋の後ろでふわふわ揺れていた。こういう髪質だから切ったら広がりそうで嫌だったんだけど。こりゃ本橋先生に感謝だわ。鈴音は半ば強引にショートカットにするように勧めてくれた行き付けの美容院の先生を思い浮かべた。鈴音が角のケーキ屋の側を通った時、運命の扉は開かれた。

まず、網で吊り下げたサッカーボールを蹴りながら、小学生が道路に飛び出した。そこに、深緑のシートで荷台を包んだ大型トラックがクラクションを鳴らしながら猛スピードで走ってきた。何、この漫画みたいな展開?!鈴音は考える暇もなく、咄嗟に自分の身体をトラックと子供の間に投げ出した。トラックのタイヤは既に自分と一メートルも離れていない。通行人の悲鳴と激しく鳴り渡るクラクションの音が妙に遠くに間延びして聞こえる。ああ、私死ぬんだ。自分の手が小学生を歩道まで突飛ばしたのを確かに感じながらぼんやりと、他人事のように思った。女に産まれて十五年と四ヶ月。散るには早すぎる人生。せめて素敵な殿方と出逢って恋をしたかった。あとちょうど良いとこで続きは来月号に持ち越されてしまったさくらんぼ乙女(漫画)、読みたかった。鈴音は覚悟して目を閉じた…
と、いつまでもトラックが鈴音の身体を轢き潰す衝撃は襲ってこない。鈴音は恐る恐る目を開けてみる。そこには世にも恐ろしい光景が広がっていた。何と、信じられないことに、今自分に牙を剥こうとしていたトラックが、その巨体を上下逆さまにして転がっていたのだ。ドアが開いて、中からもみくちゃになった若い運転手がよろよろと出てきた。運転手は、唖然としている鈴音を暫し見詰めると、「ひいい」と喉から妙ちきりんな音をだして逃げ出した。鈴音は追い掛けようとした。
「ちょっ…何事…」
戸惑う鈴音に一瞬前に何が起こったのか、教えてくれたのは通行人たちのひそひそ声だった。
「何、あの細っこい娘が大型トラックを投げ飛ばしちゃったって…」
「いえいえ奥さん、あの娘は手からなんか出してトラックを吹っ飛ばしましたのよ、ほら、何て言ったかしら、漫画のカメ○メ波みたいに…」
「すげー、ゴリラかよあの女子高生。」
いやいやいや!!鈴音はぶんぶんと首を猛烈に横に振った。そんなバカな!私何もやってない!何をした記憶もない!…というか、またこのパターン?鈴音は数ヶ月前の出来事を思い出す。それは鈴音がまだ義務教育を受けていた頃のこと。体育の授業の時、バレーボールの試合が熱くなって相手チームの少女が打った見事なサーブが鈴音の顔面にクリーンヒットしそうになり、しかしボールの軌道が物理的にアリエナイ曲がり方をして鈴音はその花の貌に痣を創らずに済んだ、あの事件だ。あの時は「いやーサトちゃん、凄いフォークボールだね星飛馬も真っ青だよアハ、アハハ」と笑って誤魔化したのだが…これはフォークボールじゃ説明つかない。鈴音が汗たらたらでそこに佇んでいる間にも野次馬たちは集まってくる。とりあえずこの場は…
「○○高校レスリング部をこれからもどうかご贔屓に…」
鈴音は我ながら訳の分からん事を口走りながら、慌ただしく力瘤なぞ作ってからすたこらさっさと逃げ出した。

なな、何言ってんだ私ー!鈴音は羞恥で真っ赤になりながら昼下がりの東京を駆け回る。アレは、腕力がどーとか言う問題じゃないでしょ。大体私帰宅部なんだけど…鈴音はひたすら自宅の●●区ミュージコハイム203号室を目指して走る。あの旧くてどんなに鈴音が掃除しても直ぐ汚されてしまう狭い部屋に閉じ籠れば気持ちが落ち着く気がしたのだ。
ホントに、私は何なんだろう?何でこんなコトが出来るんだろう?幸い鈴音は明るく活発な性格のお蔭か友達には不自由していないが、たまに起こる不可思議な出来事の際、彼女たちは決まってある表情を浮かべる。不安そうな、怪訝そうな…怯えてそうな。鈴音はその顔が怖かった。このままじゃ私、友達いなくなってしまう。鈴音の瞳に涙が浮かぶ。
ドドドドド…一瞬、地響きかと思うくらい凄まじく大人数の足音が聞こえた。鈴音ははっと振り返る。そしてぎょっとする。後ろには黒衣の集団。全員、頭に三角帽子。彼らが口々に叫ぶ言葉を聞けば、
「見つけたぞ、あの娘だ!」
「ありがたや、あんなに美しく育って…」
「魔法反応もほら、あの通り!」
何?ロリコンオカルト教団?またはレスリング部?鈴音は逃げながら黒衣の集団の正体について考える。しかし、心当たりはない。鈴音には魔法使いの知り合いなんていない。このクソ暑いなかあんな格好して熱中症になっても知らないんだから…そんな事はどうでもいい。何となく捕まったら大型トラックに跳ねられるくらいヤバい気がしたので鈴音はあまり働き者とは言えない自らの運動筋に喝を入れ、疾走した。行き先は変更することにした。目的地は母、琴音が勤める●●病院。そこなら人目もあるし、安全だ。だが、病院はまだ程遠いと言うのに体力は限界に近かった。心臓がゴングのように鳴っている。脇腹がキリキリ痛む。息が荒い。黒衣の集団は暑さに負けない健脚で、鈴音との距離をぐいぐい詰めてくる。
「お待ちください!お待ちくださいー!!」
「やっ…やだっつーの…」
何であの人たちこんなに速いの。運動部に所属している訳でもなく元々運動神経もそんなに良い方ではない鈴音にマラソンは不向きな競技であった。●●病院の真っ白な建物が遠くにぽつんと見えてきた頃、鈴音の脚はつるんと縺れた。頭もぼうっとする。最早これまで。鈴音が思った時、凛と張った声が響いた。
「鈴音ー!こっちこっち!」
見上げると十メートルも離れていない場所に鈴音の母、琴音がナース服のまま、立っていた。何故か炊飯ジャーを小脇に抱えて。た、助かった…でもお母さんなんでここに?母子家庭なんだからちゃんと働いてくれないと…諸々言いたい事はあるが、口が乾いて舌が口腔に貼り付いてしまっている。そんな鈴音に琴音はトクホマークがついたペットボトルの緑茶を差し出した。むせかえるくらいカテキン過剰なこのお茶は苦手だけど、贅沢言ったら殴られる。鈴音は半分ほど一気に飲み干してから口を開いた。
「お母さん、なんか私がトラックひっくり返しちゃってそのあと黒い服の人たちに追いかけられて…」
途中まで言ってはたと口をつぐむ。黒衣の集団に追っかけられてたのは見てたんだろうからともかく、私がトラックひっくり返しちゃったって話は…信じてくれる訳がない。しかし琴音は一度だけ頷いて言った。
「全部知ってる。だってあんたは私の子だもの。」
それって、どういう…琴音は鈴音の肩に両手を置いて、鈴音の目の中をじっと見詰める。普段ちゃらんぽらんな母が見せた真剣な眼差しに、鈴音は背筋が寒くなる。琴音は言った。
「さて鈴音、もう一刻の猶予もない。今からお母さんの知り合いの所に連れてくから。現世への未練はないわね。」
「…来月号のさくらんぼ乙女の続きが読みたい…」
「諦めな。さくらんぼ乙女はマコトが死んでおしまいよ。んじゃ、レッツラゴー!」
「ちょ、お母さん、勝手に私のヒーロー殺さないでよ!!ていうか現世って?向こうってー?」
さくらんぼ乙女より先に聞くべきだった事項を今更焦ったように聞く鈴音を尻目に琴音は炊飯ジャーの蓋を開けた。中からは炊きたての白米…に似た色の眩しい光が溢れてきて、母子を包み込んだ。琴音は叫んだ。
「しっかり捕まってなさい!!」
鈴音が母親の身体にしがみつくが早いか今まで経験したことのない、足元から削られるような感覚が鈴音の身体に伝わった。反射的に脚を縮める。それでも鉛筆削りに突っ込まれる鉛筆みたいな感覚は止まない。それが頬まで上がってきて鈴音は悲鳴をあげた。
「きゃああああ…」
これ、絶対に炊飯ジャーじゃないよね?!何かのアニメに出てきた門みたいな事になってるから!いや…炊飯ジャーで炊かれるご飯はこんな気持ちなのかな、もしかしたら。完全に天然パーマの髪の毛の先端までカンナ屑にされたと思った瞬間、それはぷつんと途切れた。目蓋の存在お構い無しに網膜に射し込む強烈な光も止んだ。鈴音は目を開ける。
「ちゃんと掴まってるわね。」
鈴音の身体を抱きながら琴音は叫んだ。眼下には、見たこともない絶景が広がっていた。果てしなく蒼い空。傾きかけた色濃い太陽。それを受けて鮮やかな桃色に染まった雲。そして、天を突こうとしてその踝にも及ばない小さな高層ビル群。綺麗だ、と思った。しかし内臓がシェイクされるような浮遊感が鈴音を現実に引き戻す。
「お母さん、これ、落下してるよね。」
「うん。」
琴音は事も無げに頷く。
「落ちたら死ぬよね。」
「大丈夫よ何とかなるって。」
「ならないよ!あんたの頭と一緒でな!!」
グライダーもパラシュートもない、自由で孤独な二人の肉体は、木の葉のように回りながら下へ下へと墜ちてゆく。顔を上げれば高層ビルの明かりの灯りはじめたガラス窓が下から上へと流れていく。何階の窓だか知らないが、黒いスーツのサラリーマンが鈴音に負けず劣らず恐怖の表情を浮かべているのが一瞬目に入った。巨大なビルとビルの間に紛れた鬱蒼と葉を繁らせる雑木林がすぐ其処に迫ってくる。命の危険を感じたのはこれで本日三度目だ。二回は助かった。ということは、今度こそダメなんだろう。素敵な殿方と以下略。さく乙の続きを以下略。鈴音は死の運命に抗うかのように高く長い悲鳴を上げた。
絵1

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Posted at 19:00 | マダム沌夕 | COM(1) | TB(0) |
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