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2009.06.27

Octopus Daughter前編

「さあっ、お次はこのサーカスの花形…軟体美少女、オクトパスドウターです!」
団長のよく響く声に従って、盛大な拍手が上がる。それに迎えられて少女は舞台の真ん中へと歩みだした。お日様よりも眩しいスポットライトと観客たちの期待の眼差しに照らされて少女の小さな胸は高鳴る。拍手が止んで、さほど広くもないサーカステントは静寂に包まれる。妖艶な旋律のゆっくりした曲が流れ出した。少女は観客に背を向けて、ぐんっと身体を後ろに反らせる。ポニーテールの先が床についた。視界が逆さまでも客が驚いているのが判る。次に少女は身体を起こし、長い脚を広げた。目線がどんどん低くなる。ついに高さが一メートル足らずになって、二本の脚が胴を中心に百八十度を描いたとき、客はおおっと声を上げた。曲はどんどん妖しく、激しくなる。少女はそのしなやかすぎる肉体を使って、常人には真似できない数々のポーズを取る。少女にかかれば手首を一回転させることも容易いことだし、身体をくの字どころか数字の4にちかい形に曲げる事すら可能だった。右足を背中の後ろに回して爪先を左足の腿につけて見ればこんな声が聞こえてきた。
「タコみたい!」
「気持ち悪い!」
勿論その言葉には多分に賞賛が含まれている。少女はちょっとだけ得意気に微笑った。
全ての出し物が終わり、少女も含めてたった七人の芸人たちも客に土産を売ったり、片付けをしたり、子供と話をしたりする。何しろ人手が足りないのだ。先ほどまで舞台上で華やかに或いは滑稽に演技を魅せていた芸人たちとてのんびり休んではいられない。
「二百円ね、はいどうぞ。」
少女は首にタオルを掛けたままの格好で小さな少年に棒つき飴を渡す。
「ありがとう、タコのお姉ちゃん。」
少年は明るい笑顔を見せて礼を言うと、彼によく似た優しそうな両親に手を引かれて売り場を去っていった。タコのお姉ちゃんですか…と少女は苦笑いしながらも名残惜しそうに後ろを振りかえる少年に手を振った。少年がこちらを振り向かなくなってから、少女は微かな溜め息をついた。

「お疲れー!」
「お疲れさん。」
日も沈み、客も居なくなって閑散としたテント内の舞台裏、団員たちは互いに労をねぎらう。段ボール箱やら衣装やらがごちゃごちゃ置かれて小虫の集る裸電球が唯一の灯りであるせまっ苦しいその場所に大人たち六人が詰めてポテトを摘まんだりコーヒーを飲んだりしていた。いつもは各自ショーの練習や打ち合わせをするのだが今日はこの町最後の公演だった。明日にはテントを畳んで新しい町に向かう。時にゆっくり語らう時間も人生には必要だ。
「あれ、あの娘は?」
一輪車で細い綱の上を走るのが得意な女芸人がふと気付いてみんなに聞いた。
「そういえば姿が見えないな。」
「練習してるんじゃない?」
逞しい胸に猛獣による咬傷を負った男と、彼が持つマグカップにレモン水を注いでいた象使いの女が答えた。
「そういや何となく元気がなかったかも。」
顔立ちの整った、空中ブランコ乗りが思い出したように言う。
「まー…独りになりたい時もあるんだろ。」
「またいつかみたいに見に来てた男の子に惚れて会いに行ってるのかもしれないしな。」
「あの時の団長怖かったよね、何もあんな言い方しなくても。」
大人たちは少女の話で盛り上がる。愛らしく健気な少女はいてもいなくてもこのサーカスの花だった。可愛くてしょうがないのだ。何しろ彼女が赤ん坊の頃からここの芸人たちはその成長を見守ってきたのだから。しかし、少女はもう子供ではない。少しの不安は残るものの大人たちは食事を続けることにした。
少女は夜の町を一人走っていた。お目当ては初日に見に来てくれていたカッコいい男の子…ではなくて町の外れにある小高い丘だ。因みにサーカステントも町の端にある。それを日々の食事の種にしているだけあって運動神経には自信があるが、町一つ突っ切るには少女でもそれなりに時間はかかった。早く帰らないと皆が心配するので急がなければとは思うのだが。かなり斜度の高い坂道を自慢の体力と根性で駆け上がり、荒い息を吐きながら顔をあげれば、闇に包まれた町が広がっていた。しかし黒一色ではなく、ちらほらとオレンジや黄色の灯りが散らばっている。暖かな光の点はそう少なくはない。小さいながらもなかなかブンメイテキな町なのね。少女は思った。私が生まれた時よりもこの町の光の数は増えたのかしら。電灯の数は、即ち幸せな家族の数。この町は快適かつ暖かい家庭が多いようだ。あのヒトの事タコのねーちゃん呼ばわりした坊やの一家みたいに。でも、私はこの町のことを知らない。パパとママの顔も知らない。本物の家族がどんなものなのか、知らない。…そう、少女はこの町で生まれた。生まれてすぐに、ちょうどこの丘の上に捨てられた。少女は座り込む。普
通の娘なら、学校に行って恋をして、家に帰れば優しいパパとママがいて、時々反抗してみたり甘えてみたりするのだろう。毎日食べるために大変な仕事もこなして、それでもお腹を減らして生きることをしなくてもいいのだろう。一所にいられない辛さ…せっかく友達になった子と短い時間で別れて、多分永遠に会えないなんて悲しい想いを味わわなくてもいいのだろう。…そこまで考えて、少女ははっとする。愚痴を言ってるの、私は。ちゃんと優しいお兄さんやお姉さんに囲まれて、食べるものも寝るところもあって、人間らしい暮らしが出来ているのに?世の中には飢えて凍えて大人になれない子供たちもいるというのに?…楽しそうな家族連れなんていくらでも見てきているのに。
「疲れてるのかな。」
少女はトントンと自分の肩を叩いた。

「やっぱり遅い。」綱渡りの女がマグカップをとんとテーブルに置いて立ち上がった。
「気にすること無いって、あの娘は子供じゃないし、強いし。」
猛獣使いは呑気にパンをかじっている。
「芸人なんだから、普通の子とは違うから。」
ブランコ乗りも気にしていなさそうだ。しかし女曲芸師はそうは思わなかったらしい。
「ええ、でもあの娘は大人でもないし、女の子なのよ。何かあったら…」
一輪車乗りは口をつぐんだ。考えすぎかもしれないけど、女の子は大人や男の子に力では敵わない。ましてやあの娘は可愛らしい。もしあの娘が…
「あの、余計なことかもしれないんですけど…」
気弱なピエロの男が口を挟む。その場の注目を一心に集め、ピエロは戸惑いながらも続けた。
「この町…あの娘を拾ったところですよね。十五年前。」
「それがどうした。」
猛獣使いが聞く。無意識的かもしれないが、この男はちょっと物言いが高圧的だ。ピエロは怯んだが先を催促する視線に諦め、話し出した。
「あの、そ、それで…もしかしてあの娘を捨てた実の親を探しだして仕返ししようとしてるとか…すみません馬鹿馬鹿しくて…ぶっ!」
言い終わるが早いか彼の妻である太ったピエロの女が夫の尻を蹴飛ばした。
「そーゆーことは早めに言っとくもんなんだよ!」
「どうする…?」
「復讐じゃなくても、『あの時お前を捨てたのは事情があったからなのよー』とか言われて、ひしと抱き合い感動の再会とかしてたりして…」
「そしたらあの娘はどうなる?」
「決まってんだろ、実の親のとこで暮らすさ。そこにはちゃんと家があるんだろうし、温かい飯もついてくる。何より家族がいることほど幸せなこた、ないからな。」
「ええっ、やだ。あたしたちはやだ!」
おろおろと取り乱す他の団員たちをテーブルの一叩きで黙らせて、一輪車乗りは叫んだ。
「だったら、探しに行きましょうよ!あの娘は仲間で、家族なのよ!」
「何の騒ぎだ。」
顔を出したのは口髭も厳つい団長だった。
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Posted at 18:29 | マダム沌夕 | COM(2) | TB(0) |
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