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2008.11.18

yield 中編

物思いに耽る娘の姿を、怯えるように哀しむように見ている人影があった。この世界に居る、もう一人の女。娘の母親である。
娘が何を悩み誰を想っているかなんて、容易く理解することが出来る。何と言っても私はあの娘の母親だし、同じ女であるから。あの娘を不憫に思えないわけがない。両親である私達に似ず器量良しに育ったあの娘が、その美しさを私達以外の誰にも知って貰う事もなく、家族愛とは質の違う愛情を得る事もなく、こんな陰気な荒野の真ん中で朽ち果ててしまうのはあまりに哀れだ。しかしそれはどうしようもないこと。私と、あの人はもう世界には私達しかいない事を知っている。この世はまもなく滅びる。あと百年もしないうちに私もあの人もあの娘も、私が厭と言うほど見てきた枯れた屍の一つとなる。解っていたならば二人出逢ってもまた別れて、慣れ始めていた孤独の中でそれぞれ死を迎えれば良かったのだ。…それが出来なかった。極限の孤独でも二つ揃えば、それは孤独では無くなる。束の間の幸福の向こうに何があるか、まざまざと見せつけられてきたにも関わらず私達はもう一度それが欲しかったのだ。そしてあの娘が産まれた。あの娘一人だけ三人目の人類として授かった。私達は嬉しかった。全力でこの小さな命を守らねばならない、謂わば二人の愛の結晶である彼女を育ま
ねばならない…と。この娘が成長して恋を知りたがるようになったら、私達二人が死んだあと残されたらどうなるかという問題には蓋をした。形あるものいつかは壊れるという事実を認めたくはなかった。例えごっこでも当たり前の幸せに逃げていたかったのだ… そのツケが廻ってきた。娘は夫に恋をした。ありふれた無数の家族の一つに起こった出来事なら罪と言って責めることもできように。「運命の男(ひと)」を盗られてしまうかもしれないと、嫉妬に駆られるかと思ったがそうではなかった。私は夫も、娘も、同じように深く愛している。故に、私の心にあるのは恐怖と哀しみだけだ。思うより早く私の小さな楽園が壊れてしまうのではないかという、自分勝手な恐れ。
いつものように、重い雲が垂れ籠めるどんよりとした夜だった。月も星の一つさえも雲を通り抜けてまで光を投げ掛けてはくれない。ちょうど今現在の、娘の心の中を反映しているかのようだ。娘は漆黒の森の近く、闇夜の下をたった一人でふらふらとさ迷い歩いていた。双瞼から頬にかけてまっすぐ引かれた泪の跡。それに反して喜怒哀楽のない表情。それら全ては、娘を満たす強い絶望と悲しみによるものであった。
あの人は私を拒絶した。こうなることは、知っていた。あの人にとって母さんは、「運命の女(ひと)」だから。美しいもの、心踊るもの、優しさ、万物を構成するプラス要素なら綺麗さっぱり一掃されてしまった空っぽの地球をあてどなくさ迷い続けた果てに、やっと見つけた暖かい太陽。そういうものなのだろう。母さんにとってのあの人もまた同じ。だから二人の絆は鋼より固い。ならば私は余剰の数字だろうか?私は何のために産まれさせられた?私に幸せに生きる未来など用意されていないと知りながら、どうして母は私を産んだ?
産まれてから十数年もの間、少しずつ堆積させてきた疑問、怒り、憎しみが抑えがたく沸きだして、娘の理性を支配する。愛してしまったその人に受け入れられなかったこと(あの人は私を罪人と言った)、あの人の母への愛の深さを再確認させられたこと、娘の中の全ての醜いものを熟させ、禍々しい香りを放つ。娘は愛も憎悪も艶かしい刃に変えて、感情の導くままに歩み出す。
父親はランプの灯りを頼りに水瓶の置いてある玄関まで出ていき、柄杓で水を掬い、口を付けた。雨粒を受けて溜めたままの水だったが、それがそこに存在すると言うだけでどんな空想に登場する奇跡の甘露水より冷たく甘く彼の喉を潤した。
娘が寝所に忍んできて、信じられない事を言った。全くどうかしている。あんな恐ろしい事を…あれほど手塩にかけ育ててきた娘だとしても…いや、だからこそ許しがたい行為だった。この世に女が実の娘一人だったとしてもそれに手を出す父親がどこにいるものか。不憫だ、とは思う。真に娘の幸せを考えるなら、何としてでも娘に見合った青年を探し出してやるべきだった。私が彼女に出逢えたように、娘にも魂の慰めと成りうる誰かが何処かで待っているかもしれない。しかしここは、私と彼女が見つけた安住の地だ。世界の殆んどを破壊し尽くし、動物を絶滅させ、草木を根絶やしにした放射能の手が届いていない楽園。最早ここを離れて生活する自信がない。娘にそう言ったら勝手だと罵られるだろうか。それでも、娘がかつての私達のように腐乱死体だの白骨だのに埋もれて土くれを食って生きる姿など見たくはなかったのだ。そう遠くない未来、私達が迫り来る老いか放射能の影響かで死んだあと、あの娘は今度こそ独りきりになってしまうと、永久に小さな家族の営みが続くわけではないと知っているのだが。
…何だかワケわからん方向に。まだまだ続きます。
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Posted at 17:07 | マダム沌夕 | COM(1) | TB(0) |
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