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2008.10.10

Drag Queen ―end and start―


――――――――――「シィセ」
起床の一瞬、夢の境に幻を見た。

「腹の傷はどうだい」
「最悪だ」
薄目を開ければ映る医者の隻眼に悪態を吐く。
ごうごうと煩い排気ダクトから漏れる街の騒音は、もはやシィセにとって何ももたらさない、ただの雑音だった。


『薬』がこんなに世界を変えていた、などと。
「思ってもみなかった」

寝たまま起き上がる気配のない患者を置き去りに、何の心配も無く医者は遠ざかっていった。
抗争に破れ、何もかもを失った身体から更に血を抜き、勝手に『薬』まで抜いておいて、知己の闇医者は何の頓着も無く大金を請求した。
茶シミのひどい小切手にサインをすれば、後は勝手にしなとばかりにベッドサイドを離れていく。
そのままほっといてくれ、そう思うと同時に、小さなパーツと一緒に包帯が飛んできた。自分で巻けということか、酷い精神科医め。「仮にも医者の端くれだろう」とは、前にもこの口が呟いたことらしい。覚えのある口上だ。
あの日の怪我から一週間を経てなお鈍痛の残る、重い頭の中で文句を言ってやる。糞藪医者。

「“新世界”ってやつだよ」
やけに捌けた口調で、医者は言葉を続けた。
新しいクスリをぶちこんだのかと、一瞬、輸血したばかりの血液をぶちまけたい気分になって、どうでもいいかと思い直している自分に気がつく。
複雑だった。それと同時に胸の中枢は空虚だった。
「新薬の実験台か私は」
気管支の辺りだろうか、何も無いところに淀んだ空気を吐き出すため、盛大なため息を零して身を起こす。改めて腹の傷を検分すると、まだ繋がっていない切り傷から薄黄色の滴が染み出して病人服を汚した。

かつてはこの腹の中に、いや、体中を『薬』が埋め尽くしていた。それが今は、別のものかもしれないとはいえ、全く意味を失って体の外。『薬』の一部はガラス瓶の中に閉じ込められてさえ居る。精神科医が『薬』抜きだと言って体中から漉し採ったそいつを、私は見たわけではなかったけれど、間違いなく、何もかもが自由になっていたのがいい証拠だ。
自由。そう。今までは自由ではなかった。
「違うよ“元・王様”。概念だよ概念」
馬ッ鹿じゃないの。そうカルテに向かって呟く声を背に思考を遮られ、淡々と包帯を巻く羽目になった。

プラスチック製の安い留め金を押さえに、白いガーゼ、白い包帯、白い晒しと順に巻きつけていく。手慣れた動きを見て「優雅ね」と言って笑ったのは誰であったか。

足をベッドサイドに降ろして掃除のなっていない床を踏みしめる。
久しぶりの感触に、ほぅと安堵の息が漏れた。ほぼ一日寝たきりの生活など、生まれて初めてだったんじゃないかと、振り返って眉をしかめる。出来れば、これが最初で最後になる事を祈る。

 一週間使われずにいた筋肉は衰え、一筆書きの絵をみるがごときゆるやかなカーブが脚線を作る。これが『薬』抜きの終わった後の身体か。あちこち触れるが、どこもかしこも自分のものでは無いような形になってしまったようだ。本来なら、人間の身体とはこういうものなのだろうが。
たぶんそれは見た目だけではないのだろう。内臓から筋肉からぐてぐてと弱りきって、酒場のハイ・ドランカーより酷いに決まってる。今まで絶えず使い酷使し続けてきた身体なのだから、数日のことで無に帰すものではないはずだ。が、今すぐに立って走れるまでの自信は無い。

おまけに、今までは『薬』で過労を無理矢理抹消していたこともある。
医者はカルテを無造作に投げ、この部屋に唯一の扉から出ていった。ベッドの足元に放られたそれには、退院許可を示す、適当なサインがしてあった。幾つもある偽名の一つじゃない事だけが気にかかっていたが、この位置からじゃあ光を反射して真っ白だ。

決して静かとはいえないざわつきが部屋の中に満ち、その中に一人取り残される。
それら全てが、「こっから出てけ」と声を放つ。
もとより長居するつもりもなかったが、これほど早く出て行く気もなかった。ため息を、一つ。
・・・・・仕方無い。発つか。
安物のスリッパに足を入れ、そのまま数秒の経過を待つ。
座ったままベッドの端に手をかけ、すぐにも立ち上がれる姿勢を作り、そして固まった。自分の周囲数メートルだけが静かな空間は、怪我をしたのとはまた別の、あの日に重なる。


固く閉じた目蓋の裏に、王として名乗りを挙げる為、初めて鉄骨塔の上に登った時に感じた足のすくみが蘇る。夜のことであったから、それほど鮮やかでもないネオンに照らされ薄暗い空間だった。距離を置いて取り巻くダクトの排気音が、よく似ている。

同じように無理矢理に巣から飛び立たされる雛鳥の気持ちで、けれど今は、あの時ほど冷えた眼をしてはいられなかった。灼熱の集団と精神を氷のまなざしで制する王はどこにもいなくなった。
居るのは、変化と不安についていけない病人が一人。
・・・・・・これで立てなかったら、どうするか。
あの薮医者は捻挫、骨折の可能性は無いと言っていたが、腹の傷をウォッカに酔わせて縫う奴だから何ともいえない。だいたい、闘争から敗走の間にどれほど殴られたか知れない。神経がごっそりやられていたところで、何ら不思議ではないし、

「おかしいのは私のほうか」
逡巡には長い、今までに無い戸惑いを小さく嗤う。
弱くなったものだ。たったの7日間で。
神経が半分ほど逝こうがナニしようが、薬の後遺症と思えば成ったところで半身麻痺ぐらいどうとでもなった。もう半分も同じようにして、あとは他人に任せて御陀仏すればいい。
だが、自分はそうはいかなかった。

神経が、あるいは脳の思考回路が薬で壊れでもしたのか、薬抜きの過程で今の心境に至ったのかは判らない。ただ、自分の世界は温度を幾分下げてしまった。このぼったくり病院に倒れこむ数日前の沸騰していた時間が、夢幻と化けてしまった。今はもう何をどうする気にもならない。
自嘲しようと堪えようと変わらない、精神的な変化に行き当たって途方に暮れる。
弱い心だ。
ぼろぼろだ。

だからこそ、『薬』が必要だった。
幻のあなたが支えてくれたから、私は、"最強"を演じられた。

「ほら」

瞬きの間に揺れた白い手に、声もなく顔を上げる。
ほんの一瞬だった。
朝になる度私を起こした白い手が、真昼の眩しさにちらつく。

「ほら、立ってよ」

まただ。
幸せそうな微笑すら見せて。

私の『薬』が立ち顕れる。
中毒性を帯びた肢体に、無菌室の香りを纏って。
残効が残っているんだ。
彼女を見ることは、もう、無くなるのだ。
それならば。
残すべき言葉があるだろう。

「さようなら」
まだ朽木の色で染みの滲む病人服を脱ぎ捨て、歩みだす。

「私は、貴女を置いていくよ」
一足ごとに総身が脂汗を吹いた。体中痛いどころの騒ぎじゃないが、宥めに宥めて爪先を上げる。
一歩、苦痛まみれに踏み出す。
これが、生きるということだ。

なんとかテーブルに辿り着き、黒い上下を身に纏った。
強化繊維が身体に纏わりつく感触に息を吐き、味わいながら腕を伸ばす。『薬』があった頃には、生活と名の付く行動すべては憂いものでしかなかった。
だがそれこそが非日常であったと、今、漸く気づく。

「ごめんな。でも、もう終わったんだ」
中途半端に断ち切られた後ろ髪が、うなじの辺りでもつれて不快感を増した。
王者としての格を表す長い髪は忽然と消えていた。
そのせいだろうか。身軽すぎて身体が浮いてしまいそうなかんじだ。


ベッドサイドというには不親切な棚に用意された、真新しい銃を手に取る。色は勿論、黒。
これが、私の武装。
『薬』などなくても、こいつが居れば強くなれる。
ようやく取り戻せた相棒。おかえり、と呟いて笑った。

「貴女にとって、私は幻だったんだ」
そしてそれは、
「お互い様、だったんだと思うよ」

何もかもが間違っていたんだ。
だから。


「さようなら」



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Posted at 02:12 | がじょ一 | COM(1) | TB(0) |
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