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2008.05.30

澱 ~鯨

私の存在、いつかは許してください。
そう手紙を締め括って顔を上げる。行かなくちゃ。
藍と紺、二色の蒼の世界、そして青白く発光した丸い空白が私を待っている。

その日も興子に指名が来た。土地代が高いので広さはあまりないものの、近くに競争相手がいないことや、オフィス街が近いことが幸いして、この店はそれなりに繁盛している。あまりに派手過ぎて毒毒しささえ感じさせるドレスに着替えて、鏡台の前に座る。
(この職場は楽しい。こんな所に来る男は馬鹿で金ばっか持っている奴だけだから、ちょっと甘い声を出せば、あっという間に陥落して、万単位で金が転がり込んでくる。なんでも欲しいものは買ってきてくれる。客が何してこようとも、慰謝料としての稼ぎは頂いているつもりだし、簡単なものだ。) 
少々濃く見えるぐらいにチークを乗せて、ルージュを走らせたら、興子は自分の稼ぎ場へと急ぐ。同僚の中には恋愛して玉の輿に乗りたい、アイドル事務所の人と親しくなってデビューしたい、なんていう娘もいるけれど、興子はなんの感情も希望も抱かない。
(だって人生って、そんなもんでしょ?)

興子は恋をした。相手は年下の、短期アルバイトに来たウェイターの男だった。その感情をなんといったものか、興子は分からなかった。それは一目ぼれ、という奴だったのだろう。何となく目で追うようになってから、彼が何をしているのか知りたくなった。やがて彼の傍に居たいとねがうようになって、いつの間にか、彼を私の所有物にしようとしていた。
もはや仕事場は興子の《稼ぎ場》ではなく《狩り場》となっていた。どうすれば彼を捕える事ができるだろう、そればかりを考えて過ごした。しかし、どれだけ策を練っても、彼と興子の間は《同僚》であり、興子はその状態にやきもきした。
(彼はどうしたら私だけを見てくれる?そばに来てくれる?私のものになってくれる…!!)
何百という客を陥落した声が、仕草が、彼には通じなかった。それも興子を恋に駆り立てた理由の一つだが、数ヵ月後、つまり彼がバイトを辞める日、興子はその理由を知ることとなる。
彼には、恋人がいた。しかも婚約目前の。彼はこの数カ月で貯めたウェイターのバイト代で指輪を買い、大学を卒業と同時に式を挙げるらしい。興子は信じないようにした。しかし、彼が同僚に見せる買ったばかりの指輪と、その嬉しそうな顔をみると、敗北を知った気がした。
(あんな顔みたことない!私といた時にはあんな顔しなかった!いつもあんな顔していたのだろうか!その婚約者には!!)
興子は泣いた。泣いて泣いて泣き疲れて、何かが壊れた音を聞いた。
(…結婚なんか、認めない。私のほうが、彼を愛しているのだから、だれよりも、彼を愛しているのだから!彼は私と一緒になった方が幸せなんだから!!私の男は、渡さない!)
興子は婚約者の名前と、住所を探し出すと、さっそく行動した。無言電話、投函物によるいやがらせは勿論、知り合いに掛け合って、その筋の人間をけしかけてみたりした。そして、最後は興子が自ら、押しかけた。婚約者は多少顔色が悪かったが、その顔は興子に怯える風ではなく、しっかりと興子を見据えていた。
(あなたが、いやがらせをしていたんですか?)
そのしっかりした声に興子は少し驚いたが、そんなことはこの小娘の前ではおくびも出さない。すかさず攻撃に転じる。
(やぁね、私はあなたがかわいそうだから、忠告しにきてあげたの…)
彼は私に夢中なのに、体裁気にして彼女と別れない…私だって何人おろしたか…私は彼を説得してみるから、貴方も別れなさいよ…別れたほうが身のためよ?
婚約者はしばらく黙っていたが、顔をあげて、興子と向き合った。
(ご忠告ありがとうございます。でも、私は彼を信じています。例え他の女性と関係を持っていたとしても、それは、変わりません。それに、彼が私をいらないと言うのなら、彼が直接言ってくれるはずですから、そうしたら、私は彼のために行動します。) 
お子さんにはすみませんが…私は別れません。

興子は屈辱に打ちひしがれていた。
(アンナ子娘ニ…アンナ子娘ニ!!マケタ!クヤシイ!クヤシイ!!)
興子は鏡を見る、自分の肌と婚約者の肌を比べる。自分よりきめの細かい肌を持ち、はるかに若い婚約者。一方で水商売に疲れた中年にさしかかったみすぼらしい自分。
こんな自分って醜かったっけ?そんなはずはない、そうなった理由…
(アンナ女!シネバイイ!イナクナレバイインダ!……ソウダ。シネバイインダ!ワタシニハソレガデキル!)
興子は嗤った。そうして夜は過ぎていく。

後日、一人の女性が息も絶え絶えに路上に倒れているのを民間人に発見されて、ちょっとした騒ぎとなった。その女性は全身痣だらけ、両足の骨は骨折、さらに顔は火傷で爛れていた。その状況から警察は捜査を開始したが、間もなく女性は死亡した。

その数日後、今度は海岸で男性の遺体が発見された。その男性は女性の恋人と見られ、分骨されたものと思われる骨壷を握りしめていた。そしてその骨壺の中と、男性の薬指には、銀色の指輪が光っていた。

なぜ?なぜそこまで拒絶されなければならない?私が心から愛した人。…愛した?これは本当に愛だったのだろうか?わからない、わからない。これは私の罰なの? こうして空っぽでいる事が私にとっての罰なの?彼が与えた罰なの?
最後まで愛されなかった、私。虚無感で死にそうな、惰性だけで生きている、私。
そうだ、手紙を書こう、精一杯の謝罪。精一杯の自己満足。
そして、それを海に流そう、そうね、鯨にでもよんでもらおうかしら。
私の、罪。


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Posted at 00:42 | 妖獣きまま | COM(4) | TB(0) |
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