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2008.01.22

last drive -下-


電話が鳴る。


「はい、紅谷」
「あああ、なっちゃん着いたんだねっ、もう30回も電話してたのよ。それなのに、ほんと、もう」
えぐえぐびーびーと泣きじゃくる目覚まし電話の音声が、痛いぐらい矢継ぎ早に突き刺さってくる。寝起きに、コレは痛い。
おまけに空港の人混み、ひっきりなしのアナウンス、雑音、騒音、音、音、音。夢が呼び出してきた記憶の波もばらばらになる。
懐かしい夢。
あの男に会った、最後の記憶。もう少し思い出していたかったのに。
「何。どうしたの」
頭痛がするぐらい必死に考えていたのに、


「死んだの。高野君、死んじゃったの」


「いつ」
言葉にならない。
「一時間くらい、前」
声が張りつく。
「どこ」
自分じゃない。
「え?えと、市立病院、で」
何も伝わらない。
「そう。うん。」

「うん。って、なっちゃん?」

「お通夜、やるんでしょ?」

「そう、あの、えっと、」


「メールに送って。読んどくから」


通話を切るのは赤いボタン。電池が少ないからすぐに画面を閉じて。
そのまま。顔が、上がらなかった。動けなくなった。
一人で時間を失くした身体をよけて空港の音が続いていく。
「もう」
どこにも。



結局、通夜にも出棺にも火葬にも埋葬にも、間に合わなかった。
どうにかすれば行けたのだろうけど、帰巣本能で実家に帰ったあとの体に、動く気力なんて残ってなかった。おまけに、久しぶりの寒い田舎の外気温で、意志なんかなくしたぼろぼろの身体はあきれるぐらい簡単にインフルエンザにかかって、布団の中で動物園のライオンみたいに眠った。
夢は、一度も見なかった。




2両しかない田舎の電車が、老婆顔負けの未練たらしさでゆっくりと駅のホームに収容されていく。4人がけのボックス席を手荷物と一緒に占領した、たった一人の乗客の頬杖ががくっと外れた。終着駅だから、寝過ごしてもまったく問題ないのだけど、5日もぐでぐでと寝ていたせいでほとんど眠くなかった。

確かめにいくわけじゃない。
もういない人を、探しに行くほど、新聞記者は迷信深くない。ていうか、そんな馬鹿なことしたらあいつが笑うに決まってる。
それでも、行かなきゃならない。ニヤニヤして黙って、どこか違う世界から笑ってるあいつには、まだ会えない。
だから、もう一度あの場所に行く事にした。


「なーっちゃーん、こっちー。はよおいでー」
「ごめんね、ハルさん忙しいのに」
改札を出た左のカーブに白のビートルが一台エンジンをふかして待っているのをみて、高くないヒールを鳴らして駆け寄った。おみやげの紙袋を後ろに放り込んで助手席にまわると、白いセーターでもこもこに着膨れたハルさんが笑う。
「実家に帰るなり風邪ひいたんやて?外国のぬるかったるい温度に馴れとうからや」
地元のおばさんも顔負けの方言まじりの言葉でひとしきりからかった後、
「で、連れてってほしい場所ってどこ?」
「連れて行ってほしい、っていうか、車のハンドルごと替わってくれるとうれしいんだけど」
拝み倒す勢いで両手を打ち合わせても背もたれがすぐさま音を吸収、かけっぱなしのエンジンが二人分の体重を揺らす。姉御美人のハルさんが逡巡するとき、右手が口元に触れる癖がでる。
少しのあいだフロントガラスの向こうに流れた細い眼が、ふっと思い出したように和んだ。遠くに逃げて電話だけしていたあたしと違って、二十歳にして電信柱を登り、窓をこじ開けてでも会いに行っていたハルさんには、幾つもの思い出が残っているはず。少しどころでなく、うらやましい。
でも、そんなハルさんでさえ窓の中で掴みどころ無く笑う引き篭もりを下界へおろすことはできなかったのだという。その理由を、ハルさんは問いただしたことがあったんだろうか。
再びこっちに向いた悪戯っ気のある瞳は、あいつの真似をしたのか、どことなく食えないかんじに光る。
「その場所、夜行ったほうがええんやない?」



随分会ってなかったおかげで、話の種には困らない。仕事場でいやおうなく覚えさせられたくだらないジョークに噂話、ドライブインで話す程度の小ネタはハルさんの合いの手に乗せられて、噺家も夢じゃないと思えるほど沸きに沸いた。
それでも、小ぢんまりとした商店街を抜ける頃にはそれも尽きて、自然と話題は故人のことに移る。あたしが尋ね、ハルさんが答える事がほとんどだったけれど、だんだんと民家のなくなっていく国道沿いの車の中、飽きもせずに小さな会話を続けた。

相変わらずハルさんがハンドルも会話の主導権も握っている。
間遠になる信号機で車は一旦停止。くん、と反動に揺さぶられて視界が一瞬ガラス越しの星でいっぱいになる。

あの日には、まだ足りない。

「それでね、逝くなって声かけたら、にぃって笑ってさ、どこにも行かないよ、って。まるで喜劇の掛け合い」
病院担ぎ込まれてから言われましても、とハルさんが苦笑する。
「それ、最後に?」
「うん。笑って死んでった」
青信号に急発進して、ハルさんも笑った。



狸でも出てきそうな林道に差し掛かる少し手前で、ハンドルを替わってもらった。きつい傾斜は、あの時と変わりない。
しばらく道なりに走って、思い出すまま、誰も追いかけては来ない細い道の真ん中に停車してみる。
ロックに入れたブレーキの力で斜めに固定された座席に吸い寄せられて、低い車の天井を仰ぐ。黒い林に遮られて星は見えない。

「ここ?」
怪訝そうな声で中途半端な景色を見回す動作で、ハルさんがハッタリを仕掛けていたのだと知った。どうりで何度も別のルートを示してみたりするわけだ。それでも、ついさっきまで知らない道を堂々と走ってきた胆力と、あたしのちょっとした言葉から道を読み取ってしまう洞察力とに舌を巻く。
これから話す事も、もう知っているんだろうか。
「ねぇハルさん。引き篭り始めた時の事、覚えてる?」
「・・・・・・んー、ちょい待ち」
ジッポーの音と共に煙草の先に明かりを灯す。あたしにはよくわからない美味しさがあるという煙を、長く、吐き出す。
細く開けた窓の境目で、逃げ出す白煙と寒気がぶつかる。
「ありがと。もちろん、覚えとるよ」
大人なハルさんのさりげない承諾に感謝して再び口を開く。
「文化祭もすっぽかして、怒ったハルさんが2週目に窓から突撃」
くくく、と助手席で笑う人が続ける。
「3週目に会いに行ったあたしに堂々と引き篭もり宣言。あの時はびっくりしたなぁ。電信柱から落ちるか思うたわ」
次第に短くなる煙草の先を二人して見つめる。
「毎日電話攻勢しかけたんが効いて、相当ぐらついとったから直接会って落としたろ!って気合入れて行って・・・・・・そいで、アレやものなぁ」
ほとんど独り言に近い呟きが、ぽつりと浮いた。
空白だけ、詰めこんだような声だった。
ハルさんは病院にも行って、葬式も、お墓まで、本当に最後まで全部見て、看取った。それでもまだ、終わりを見つけられないでいる。唐突にいなくなった事にも、9年前の事にも。

理由があれば、結果は飲み込めるのだろうか。
きっと、そんなことは絶対にない。
何もなくなったところに後付けの理由だけ転がってこられても、どうしようもなさが募るだけで、それこそ、どうしていいかわからない。
ただ、今この空間をどこかへつなげるためには、この言葉しかないと思った。沢山の傷をつくってきた直感で、そう思った。
「あたしが、無理に外出なくていい、って。言ったの」
「ハルさんが説得してくれてるのは、よくわかってた。けど、封鎖してたドア開けてもらって、綺麗過ぎるぐらい片付けた部屋見て、全部変わらないはずなのに、笑い方だけ変になってくの見てたら」
助手席のハルさんは静かに座ったまま。
「他に、なにも言えなかった」


「・・・・・・そうだね」
深く座りなおすハルさんの指先で、橙にも見える赤の光点が揺れた。
「最後まで、どっこもいかんと、部屋の窓から見えない星ばっか見てた奴やったわ」
トントン、と二つ、煙草の灰を落とす音が響く。
「あたしはあたしで、ずーっと、どうにかなると思ってたのやけどね。無理やった」
銜え煙草の口元は、悔しそうに、それでも笑う形を止めたりしない。
「でもなぁ、奴がたまに窓開けてさ、叫ぶのよ」
「叫ぶ?」
「“いきたい”ってね」
生きたいのか、行きたいのか、それとも逝きたかったのか、あたし達にはわからない。

「・・・・・・こんなとこあったんねぇ」
地元民ハルさんの目が丸くなる程、文句無く満天の星空が広がる。
あっけにとられて危うく煙草の灰を落としそうになるのを灰皿に受けて、狭い車の運転席から一歩踏み出す。冬枯れた草がしおしおとたわんだ。

仕事中にしようものなら間違いなく大笑いされるだろう、踊るようなステップで山頂を歩いて進む。

車のドアを払う仕草で閉めてハルさんがついて来るのがわかった。ジッポーから火を出す涼やかな金属音がススキの原を抜ける。
「ここなら、あいつの弔いには丁度良いやね」
振り返れば火を着けた煙草の灯が指の先で背景と混じって、星空に赤い星を増やす。
気を遣ってあの機械だらけの部屋に持ち込まれる事のなかっただろう紫煙を、ハルさんはゆっくりと空に溶かす。風にあおられて盛大に焚かれるセブンスターは、線香に見立てたようにも、それ自体が手向けのようにも見えた。



「あたし、ここで会ったの。一度だけ」
くく、と、喉の奥で笑ったハルさんがダウンジャケットのポケットに冷たくなった手を突っ込む。
「そういう奴だよ」
一緒になって仰いだ空が綺麗なのはわかっていた。
「そういう奴だったんだよ」


「行こうか」
「ん、もうええの?」


夜の中に、はじめて涙が流れた。
「いいの。もう、いいんだ」







“俺は、ここから出なきゃいけない、そうなんだろ?”
“いいの。ここに居て、”


“あたしが一緒にいるから”

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Posted at 13:05 | がじょ一 | COM(2) | TB(0) |
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