--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010.10.18

2

りりん、と紺色の風鈴が揺れる。刻限は日没、どこからともなく声が聞こえてくる。

いーち、にーい、さーんと声が響く学校で、私は1階の用務室に隠れていた。今、私たちは肝試しを兼ねて母校で「かくれんぼ」をしているのだ。照明の落ちた昔ながらの母校は山の麓にあり木造でこそ無いけれど、どこか生き物じみていて、探すも隠れ続けるもスリルがある。私を含めて隠れているのは6人、「鬼」には可哀そうだが頑張って探してもらうしかない。私はできるだけ体を縮めて横にあるバケツに身を寄せた。闇にそう大した恐怖を抱いたことがないせいか、用務室がとても落ち着いた空間に感じられる。いつの間にか数える声が止まったので、もう「鬼」は動き出しているのだろう、心地よさに目を閉じていると、不意に視界の隅が明るくなった。目を開けると、用務室のドアに嵌められたガラスの向こう側が明るい。なんだ、見つかってしまったかと思い、そのドアが開かれる時を待った。
しかし
そのドアを開いた人物は、私の知っている人間ではなかった。
「ああ、まだこんなところにいた!」そういって覗いた顔は作業服姿の二人のおじさんだった。おじさんたちは私のほうに向かってくると、人のいい笑顔を浮かべて言った。
「さっき人が入っていくのが見えたから、声かけようと思ったんだ。」
「ここもうすぐ取り壊しになって色々危ないからね。さあ、出口まで行こう。」そう言うとおじさん達は私の手をとり歩き出した。両腕をそれぞれつながれているので、とても歩きにくかったが薄暗くて足元がおぼつかない学校では仕方がないとも思った。
そのままおじさんと私は歩き続けた。廊下を歩き、階段を下り、また廊下を歩いた。何度か「まだですか?他の人も探してるんですか?」と聞くと、おじさん達は口を揃えて、「大丈夫、すぐ見つかるから。」と答えた。そうして、また廊下を歩き、階段を下りた。3回目の階段を下りた時、私は気付きたくなかったことに気づいてしまった。
私がいた用務室は1階にある。
地下なんて存在しない学校で、階段を下りる、という行為はできない。
ならば、ここは、どこだ?
おじさん達は振り向くこと無く、ひたすらに「見つかるから」とつぶやいている。連れられているから顔は見えないけれど、それはとても、不気味だった。
思い切って両手を振りほどくと、急に視界が暗くなってきた。視界が黒く染まる前に見たおじさんは、ひどく残念そうに「あと、もう少しだったのに。」とつぶやいていた。
 それからどれくらいたっただろう、気がつくと私は一緒にかくれんぼしていた人たちに囲まれていた。どうやら私は学校を出て、山道へ歩いていこうとしたところを発見されたらしい。痛む頭をおさえて私は立ち上がると、自分が向かっていた山道へと足を向けた。何故おじさん達は「見つかるから」とつぶやいていたのか、その理由が少しわかった気がしたからだ。山道を少し歩くと、脇に少しえぐれた場所があった。どうやら、そこだけ地滑りのようなことが起こったらしい。覗き込むとそこは思ったより深くえぐれていたが、私は視界の端に、覚えのあるものを見つけた。
緑の作業服と片足だけのブーツ、そして黄色く黄ばんだ欠片。

追っかけてきた友達が悲鳴を上げる傍で、見つけたよ、と一声かけて、私は山道を降りた。


「探し札」…終


スポンサーサイト
Posted at 21:49 | 妖獣きまま | COM(0) | TB(0) |
2010.10.18

四辻異聞書 1

ふらりふらりと短冊が揺れている。生温かい風はまるでそれ自体が質量を持っているかのようにゆるやかに通り過ぎてゆく。短冊の下がる風鈴は紐だけが下がっているせいか、音を奏でることなく短冊を揺らすばかりである。そんな無数の物言わぬ風鈴が下がる屋台に、提灯の灯りが、一つ灯った。
ここは四辻 過去 今 未来と異界道 
来たくば1 2 3と歩を進め、5 6 7で飛び越える 
8 10数えて屋号を呼べば、提灯狸がお出迎え

「さあさ、どれを御所望ですか?」


四辻異聞書

いやあね、最近はお客と言ったら極端なもんで、老いてるか若いかしかなかったから、あんたみたいな年齢のお客は久々なんでさあ。や、残念がってるわけじゃありゃせんよ、むしろ嬉しいくらいで。あんたくらいの人なら案内もしやすいんでね、イヤすいやせん、わたくしごとですわ。で、あんさんが呼んだこの『四辻屋』、どんな処か、ご存知で?は、占い?ちょっと違いやすねぇ。うちは、噺屋。仕入れた噺を人に〈話して〉いくことを生業にしているものですわ。それに偶々、過去のことや、未来のことが混じっていただけのことさね。さあ、説明はこんくらいにして、本題行きましょか。ここに無数の風鈴がさがっとるでしょ。ここから三つ、目にとまった風鈴を指さしてくださいな、あとは、そう風鈴にきいてくだせぇな。で、どれにいたしやす?ほう、赤いのと黄緑のと紺色のですかい?これはまた面白い。では、短冊を見せてもらいますよ…「写し物」「探し物」「数え物」。面白いものを選びましたねぇ。では、しばしの間、風鈴に身を任せて見てくだせぇな。では、また四辻で。


ちりん、と赤い風鈴が揺れる。刻限は夕方、どこからともなく声が聞えてくる。

それは、友達の家に遊びに行った時の事だった。その友達は、いわゆる団地育ちで、私たちはゲームをしにその友達の家に遊びにいったのだ。灰色がかった白い長方形の建物が並行に並ぶ様は、生きている墓石のようで寒々とした思いがした。その墓石の一つ、一番団地の三階に、その友達の家はあった。その友達は自分の家のカギを開ける際、一つ注意を呼び掛けた。それこそ、「散らかさないで。」「騒がないで。」といった普通の注意事項のようにさらりと言ったその注意は、
「なにかおかしいことがあったら、すぐ帰ってね。」
その時、その場にいた人たちは「脅かすなよ。」と一笑に付したのだが、それが笑いごとで終わることはなかった。扉を開けてすぐのところで靴を脱ぎ靴箱に入れようとした瞬間《それ》は目に入った。
手、である。手首だけの両手が靴箱の上に右手を左手に重ねるようにしてそこに存在していた。何の冗談か知らないが、気味の悪いオブジェを置くものだ、と笑いそうになったが、友達がその両手があるところに手をついたことで、笑いは消えた。友達の手は両手をするりとすり抜け、靴箱の上に着地した。両手は、存在しないのだ。先程の友達の言葉が脳裏に浮かんだが、そのときは何も感じることがなかったので、「見えるだけなら」と思い、そのまま上がった。入口から左手のドアを開けて入ったリビングは広く、ベージュのソファーと今はやりのプラズマテレビが鎮座していて、ゲームを起動させる人、麦茶を出す人、ソファーに寝っ転がってふざける人と各々に分かれた。そんな時、見てしまったのだ。
また、手だ。今回は右上の壁からぶら下がるように両手が突き出ている。これは、どういうことなのか。(でも、あまり怖さをかんじないしなぁ)と、特に気にもかけなかったのだが、その後も手の出現は続いた。トイレのドア、テレビの上、テーブルの脚など、一度に出現する《手》は出たり消えたりを繰り返した。しかし、六回目に《手》を見た時、その違和感に気付いた。
手の、指が折られていた。丁度親指を隠した形で…それは「四」を表していた。ふと今まで見てきた《手》を思い出す。最初は両手で全部の指を伸ばした形…「十」、次は壁の手で片手は伸ばしたままで、片手は親指を隠した形…「九」。「八」、「七」、「六」、「五」と考えた所で悪寒が走った。
…何かは分からないが、《期限》が迫っている。そう思った途端、ここにいてはいけない気がしてきた。背後から呼ぶ友達の声を振り切り、ドアへと急いだ。見ないように見ないようにすればするほど、《手》は視界に入ってきた。靴を出して履こうとした時に、タタキに生えた「三」の手。ドアに手をかけた途端ぶら下がってきた「二」の手。その手を振り払い、友達の家から飛び出し、一階までの階段を駆け降りていった。やがて、一階の踊り場までたどり着くと、友達から着信が来ていた事に気づいて、電話をかけた。電話はすぐにかかった。友達はすべて分かっているようだった。
「《手》を見たんでしょ…?《あれ》を最後まで見たことないから、どうなるか分からないんだけど、一度部屋から出れば追っかけてこないから、大丈夫だよ」
友達はそう言ったが、電話を切るとき、聞えたのだ。


小さな小さな、低い声が「待ってるから。」とつぶやくのを。


「数え札」… 終

Posted at 21:48 | 妖獣きまま | COM(1) | TB(0) |
2008.05.30

澱 ~鯨

私の存在、いつかは許してください。
そう手紙を締め括って顔を上げる。行かなくちゃ。
藍と紺、二色の蒼の世界、そして青白く発光した丸い空白が私を待っている。

その日も興子に指名が来た。土地代が高いので広さはあまりないものの、近くに競争相手がいないことや、オフィス街が近いことが幸いして、この店はそれなりに繁盛している。あまりに派手過ぎて毒毒しささえ感じさせるドレスに着替えて、鏡台の前に座る。
(この職場は楽しい。こんな所に来る男は馬鹿で金ばっか持っている奴だけだから、ちょっと甘い声を出せば、あっという間に陥落して、万単位で金が転がり込んでくる。なんでも欲しいものは買ってきてくれる。客が何してこようとも、慰謝料としての稼ぎは頂いているつもりだし、簡単なものだ。) 
少々濃く見えるぐらいにチークを乗せて、ルージュを走らせたら、興子は自分の稼ぎ場へと急ぐ。同僚の中には恋愛して玉の輿に乗りたい、アイドル事務所の人と親しくなってデビューしたい、なんていう娘もいるけれど、興子はなんの感情も希望も抱かない。
(だって人生って、そんなもんでしょ?)

興子は恋をした。相手は年下の、短期アルバイトに来たウェイターの男だった。その感情をなんといったものか、興子は分からなかった。それは一目ぼれ、という奴だったのだろう。何となく目で追うようになってから、彼が何をしているのか知りたくなった。やがて彼の傍に居たいとねがうようになって、いつの間にか、彼を私の所有物にしようとしていた。
もはや仕事場は興子の《稼ぎ場》ではなく《狩り場》となっていた。どうすれば彼を捕える事ができるだろう、そればかりを考えて過ごした。しかし、どれだけ策を練っても、彼と興子の間は《同僚》であり、興子はその状態にやきもきした。
(彼はどうしたら私だけを見てくれる?そばに来てくれる?私のものになってくれる…!!)
何百という客を陥落した声が、仕草が、彼には通じなかった。それも興子を恋に駆り立てた理由の一つだが、数ヵ月後、つまり彼がバイトを辞める日、興子はその理由を知ることとなる。
彼には、恋人がいた。しかも婚約目前の。彼はこの数カ月で貯めたウェイターのバイト代で指輪を買い、大学を卒業と同時に式を挙げるらしい。興子は信じないようにした。しかし、彼が同僚に見せる買ったばかりの指輪と、その嬉しそうな顔をみると、敗北を知った気がした。
(あんな顔みたことない!私といた時にはあんな顔しなかった!いつもあんな顔していたのだろうか!その婚約者には!!)
興子は泣いた。泣いて泣いて泣き疲れて、何かが壊れた音を聞いた。
(…結婚なんか、認めない。私のほうが、彼を愛しているのだから、だれよりも、彼を愛しているのだから!彼は私と一緒になった方が幸せなんだから!!私の男は、渡さない!)
興子は婚約者の名前と、住所を探し出すと、さっそく行動した。無言電話、投函物によるいやがらせは勿論、知り合いに掛け合って、その筋の人間をけしかけてみたりした。そして、最後は興子が自ら、押しかけた。婚約者は多少顔色が悪かったが、その顔は興子に怯える風ではなく、しっかりと興子を見据えていた。
(あなたが、いやがらせをしていたんですか?)
そのしっかりした声に興子は少し驚いたが、そんなことはこの小娘の前ではおくびも出さない。すかさず攻撃に転じる。
(やぁね、私はあなたがかわいそうだから、忠告しにきてあげたの…)
彼は私に夢中なのに、体裁気にして彼女と別れない…私だって何人おろしたか…私は彼を説得してみるから、貴方も別れなさいよ…別れたほうが身のためよ?
婚約者はしばらく黙っていたが、顔をあげて、興子と向き合った。
(ご忠告ありがとうございます。でも、私は彼を信じています。例え他の女性と関係を持っていたとしても、それは、変わりません。それに、彼が私をいらないと言うのなら、彼が直接言ってくれるはずですから、そうしたら、私は彼のために行動します。) 
お子さんにはすみませんが…私は別れません。

興子は屈辱に打ちひしがれていた。
(アンナ子娘ニ…アンナ子娘ニ!!マケタ!クヤシイ!クヤシイ!!)
興子は鏡を見る、自分の肌と婚約者の肌を比べる。自分よりきめの細かい肌を持ち、はるかに若い婚約者。一方で水商売に疲れた中年にさしかかったみすぼらしい自分。
こんな自分って醜かったっけ?そんなはずはない、そうなった理由…
(アンナ女!シネバイイ!イナクナレバイインダ!……ソウダ。シネバイインダ!ワタシニハソレガデキル!)
興子は嗤った。そうして夜は過ぎていく。

後日、一人の女性が息も絶え絶えに路上に倒れているのを民間人に発見されて、ちょっとした騒ぎとなった。その女性は全身痣だらけ、両足の骨は骨折、さらに顔は火傷で爛れていた。その状況から警察は捜査を開始したが、間もなく女性は死亡した。

その数日後、今度は海岸で男性の遺体が発見された。その男性は女性の恋人と見られ、分骨されたものと思われる骨壷を握りしめていた。そしてその骨壺の中と、男性の薬指には、銀色の指輪が光っていた。

なぜ?なぜそこまで拒絶されなければならない?私が心から愛した人。…愛した?これは本当に愛だったのだろうか?わからない、わからない。これは私の罰なの? こうして空っぽでいる事が私にとっての罰なの?彼が与えた罰なの?
最後まで愛されなかった、私。虚無感で死にそうな、惰性だけで生きている、私。
そうだ、手紙を書こう、精一杯の謝罪。精一杯の自己満足。
そして、それを海に流そう、そうね、鯨にでもよんでもらおうかしら。
私の、罪。


Posted at 00:42 | 妖獣きまま | COM(4) | TB(0) |
2008.01.02

年賀お題ショート「擬人化」

暗闇の中を、青い人が歩いている。
いや、人の形をしたなにか、と言ったほうが良いだろう。
それは、男なのか女なのか、老人なのか若者なのか、またはそれのいずれにも属さないのか、判断が難しい出で立ちで、視覚的に断言できる事といえば、足元までを青いローブで包み、綿毛か何かのような白髪を靡かせながら、ゆっくり歩いている事ぐらいだ。その隣には同じく足元をローブで包んだ、灰色の人のような何かが、青いローブの人を労わるようにして同じく歩を進めている。
やがて、青いローブの前に白いローブを着た人が見えてきた。発光しているかのような白いローブとワックスを付けたような金髪の人のような何かは、いつからそこにいたのか、いつまでそこにいるのか、そんな疑問を微塵にも感じさせない佇まいでそこに立っている。

「やあ、おめでとう。」白ローブとすれ違いざまに、青ローブが呟いた。
「おめでとう?」
「今日は、彼らの一年が無事に過ぎたお祝いなんだ、だから、おめでとう。」
「ふん、寄生虫どもがそういったのか?私たちにとってのたかが数分に、なんの意味があるんだか。」
「君とすれ違う時、彼らは一番喜ぶんだよ」
「ふん」

そのまま、青ローブは白ローブに背を向けて歩いて行く。
「いい加減、その寄生虫を駆除するべきだ。」白ローブが遠ざかっていく青ローブに言った。
「君は昨年に比べて、大分くすんでしまった。三日前ほどではないけれど、ローブも髪も、以前ほどの色じゃない。熱だってあるんじゃないのか?」
「例えそうでも、私にはどうすることもできない。」青ローブが静かに言う。
「彼らはいつ頃か発生してきて、生命力が著しく強い。それでも、宿主が死ぬ事が、自分たちの死につながることを知ってくれればいいのだが」
「案外、死んだらポイ、新しい宿主を探すんじゃないのか?」
「そうかもしれないね。その時は、頼むよ。」青いローブが笑うように言った。
「いやだね」「いやです」白ローブと灰色ローブが一緒に答える。

「じゃ、またな、地球、月」
「またあとで、太陽」
暗闇で挨拶が交わされ、そして再び闇になった。


Posted at 21:29 | 妖獣きまま | COM(1) | TB(0) |
2007.11.30

擬勢 fakester ep2

偽りでもいい。見せかけでいい。そのぬくもりが、欲しかった。
居心地のいい夢を見つけたけど、どうやらいままでの行いが悪かったみたいだ。
僕は、起きなきゃ。

無機質な地下通路は、見ているだけで息がつまりそうだ。こんな所に仕事場を構えたのは、間違いだったかなぁ、と少し後悔した。この味気ない空間を抜けて高級ホテルに待たせている『アキ』に会いたい、そんな気持ちが足を急がせる。「なぁ、ここ息詰まるよな?笹木」僕は後ろにいるであろう右腕の男に話しかける。笹木は一言「私は居心地がいいです」とだけ言った。
笹木は僕の後見人ような存在だ。義務教育を終えた、なんの後ろ盾も技能もない僕をこの世界で食べていけるようにしてくれた人間で、どうやって知り合ったのかは、残念ながら覚えていない。その笹木が、不意に僕を引き留めた。
「諸星。話があります。」
「なに?僕早く『アキ』のところに行きたいんだけど。今日やたら疲れたんだもん」
「その『アキ』についてです。」
足が、止まった。
「貴方が愛人を持とうが、何しようが、それが貴方の幸せなら、口を出しません。しかし、あの人間とは、失礼ながら関係を絶ってもらいたいと思っています。」
僕は振り返って笹木を見据える。笹木は会社を統括する頭目にさえも厳しい視線を向けている。ああ、正論の目だ、と思った。
「あの人間が来てから、社の傘下が少数ずつですが、確実に潰されています。勿論それだけで決めつけられることではありませんが、貴方と接触した後の不審な行動を部下が目撃しています。情報が漏れているとも考えられるでしょう。貴方の下には社に携わる何百人の人間がいるのです。そのことを忘れないでください。」
「……」
「なぜ、あの人間なのですか?人恋しいのなら、一夜ずつ契約すればいいはずです。何が、貴方をそこまで執着させるのですか?」
僕は肩の力を抜いた。
「笹木。『アキ』のことを『あの人間』なんて呼ばないでよ。『アキ』は僕の大事な人なんだからさ。」
そういって踵を返す。そのまま振り返らずに、ホテルに向かおう。
笹木がなおも疑問を投げかけてくる。僕はそれをすべて無視した。


「諸星。本当に『アキ』という人間は存在したのですか?」


いるわけないじゃないか。親の顔さえまともに見たことのない僕に、。
これは、僕の、夢だ。
『アキ』の腕を抱えながら、僕は昨日の笹木との問答を思い出していた。


僕は、温かさを求めていた。両親の記憶は殆ど残っていないからかもしれない。
僕は、パソコンに囲まれて生きてきた。そのうちあらゆる会社のコードを読み取り、突破し、情報を漁るようになった。周りからは「天才」と驚嘆され、「情報兵器」と畏怖され、良くも悪くも一目置かれるようになった。それは、会社を立ち上げても変わらず、部下も金も沢山手に入ったけれど、僕を撫でてくれる手も抱きしめてくれる腕もなかった。
女を買って、抱きしめてもらった事もあったけれど、違和感があって、僕の求めているものではなかった。違和感の理由は、その時は分らなかったけれど、一週間前のあの日、『アキ』と会った時に、判明した。

僕が求めていたもの。
仕事ではなく、ちゃんと抱きしめてくれる腕。
日の下に生きて、ちゃんとした家庭で生きたことがある雰囲気。
僕が僕で居られる相手。
僕は『アキ』と会って、自分の求めていたものを知った。
そして、『アキ』は僕の夢を受け入れてくれた。

正直、この一週間が、僕の一生分の自由だったと思う。『アキ』とオセロを11戦したり、滅多に使わない金でケーキをワンホール買って、笹木と『アキ』を困惑させたりした。
甘いものがあまり得意ではない笹木に、ケーキ4切れは気の毒だったと今更ながら思う。
なにより、『アキ』の腕を抱いて寝ると、僕はこの上なく落ち着いた。『アキ』の体温と血液の流れを感じていると、いつの間にかぐっすり眠れていたし、『アキ』が子供をあやすように撫でてくれる手は、本当に泣きたくなる程優しかった。

だから。
僕は『アキ』に感謝を示そうと思う。僕の命を捧げよう、そう思う。
『アキ』が本当はどんな役職で、どんな目的で、僕のそばにいるのか知っていた。僕は自分が手を下した人間を、忘れるようなことはしない。

『アキ』、いままでありがとう。僕は、夢から覚めるよ。

目を開けると、『アキ』はなぜか泣いていた。やっぱり、押し付けだったのかなぁ、と頭の隅で僕が呟いた。
僕はわざとらしく、でもしっかりと背伸びをする。

これから、ちゃんとお返ししないといけないのだから、当然だろ。

Posted at 17:52 | 妖獣きまま | COM(4) | TB(0) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。