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2013.04.23

マジラバ第十一話(第二部一話) 十六歳たちの葛藤?てんたまスキャンダル!! 後編

鈴音が目を覚ましたとき、両手首と両足首をガムテープで縛られ、椅子に座らされていた。唯一自由に動かせるらしい首をきょときょとと動かすと、どうやらここは古びた空き教室の一つらしい。乱雑に積み上げられた机や椅子やダンボール箱はうっすらと埃っぽい。先ほどよりは明らかに傾いて色が濃くなった陽の光が曇った窓から斜めに差し込んでくる。そして、目の前にはマッシュルームみたいな髪型に絵に書いた様なぐるぐるメガネの少年と、派手な色の金髪を箒みたいに逆立てて制服を着崩した全身で「突っ張ってますよ」とアピールしているような少年が仁王立ちしていた。
「起きましたか、鬼塚鈴音」
ぐるぐるメガネの方が腕を組んだまま鈴音を見下ろした。
「君のことは知っている、神崎竜星の恋人だということもね。」
「…それはどこの鬼塚鈴音ですか…」
ザラにある名前じゃなかろーけど、と鈴音はため息をつく。金髪の方が刑事ドラマの取り調べよろしく、バンと机を叩く。
「しらばっくれても無駄だ、神崎は確かに言ったぜ、『裸を見た仲』とな!!」
「えっ、ええー??!!」
思いがけない金髪の、セクハラの域に達している発言に、鈴音は一瞬真っ赤になって首を激しく横に振ったが、はたと思い当たった。
「ああ、あれか。任務でちょっとした事故があって…決してやましいことはございません。」
「えっ、ええー??!!」
今度は少年二人組がびっくりする番だった。
「んなこと言ってますよ、どうしますモロボシくん」
「いやいやヒグチ、この子がそう認識していても神崎は違うことだって有り得るだろう。裸見たのが事実なら神崎がヤロウである以上全くの平常心でこの子に接することは決してできない筈だ、決してな!!」
「なんでそんなパワフルに言うんですか…」
「ていうか何なんですかあなたたち、いきなり人のことガムテープでぐるぐる巻きにしたかと思ったら下世話なインタビューばっかりしてきて。あとホーリーはどこ?」
全く恐れる様子を見せず、一気にこれだけのことを質問してきた鈴音に、諸星、樋口は心底驚いたような顔をした。
「怖くないのか?」
「あいにくこんな目にあったことが不本意ながら二三回くらいはあって、他の女の子よりは慣れてると思います。

「あ、そう…」
樋口がもうなんて返答すればいいのかわからなくなって、ただそう答えた。
「あと猫叉ならあの柱時計の中だ」
諸星が黒板のそばに掛かっている壊れた小さい柱時計を指差した。確かに、ホーリーナイトが透明な扉の向こうに閉じ込められて、おそらくは『出して出して』と暴れていた。
「で、あなたたちは一体何がしたいわけ?」
ホーリーがとりあえずは無事なのを確認して安心したのか、鈴音が再度訊いた。諸星はにやりと笑った。
「いい質問だ。俺たちは、神崎に恨みを持つ者だ。」
「寸でのところで一級魔導士を奪われましたしね…」
「それだけじゃない、あいつは俺の彼女のハートも奪った」
「まだ気にしてるんですか、ちょっとみっともないですね」
「うるせえ!!とにかく、ここらであいつにガツンと復讐してやらなけりゃ気がすまねえんだ!神崎の現彼女…?のお前をふん捕まえて、あいつの目の前でまあ色々とりあえずほっぺにちゅーとかからぶちかます!!強力な結界を張って、あいつが手を出せないようにしてな。あいつが返してくれと泣きついてきたら土下座でも一発芸でもさせて、その様子をマジカメ(マジカルカメラの意)に撮影してダビングして天魔連中に配ってやるのさあああ!!!」
「…」
鈴音は諸星の独演を黙って聞いていたが、最後にプッと噴き出した。

人をあざ笑うことはしない主義だけど。だけど。

「何がおかしい?」
諸星が鈴音に詰め寄った。
「だってそんな、えーと、悪いけど雑な計画で、竜星が思い通りになるわけないじゃないですか。言ったとおり、竜星は私の魔法の師匠で恋人じゃないし。」
「それに、あなたたちじゃ竜星に勝てないと思いますよ」
「へえ、なんでそう思う?」
諸星は鼻で笑うように鈴音に訊いた。樋口は、少しやばいな、と思い始めた。この口調からして、相方はこの子の挑発的な物言いに腹を立てている。これ以上この子を傷つけるつもりは自分にはなかったが、モロボシくんはどうだろう?見た目通り、結構怒りっぽいのだ。
「正攻法じゃ竜星に勝てないと思うから、こんな姑息な手しか使えないんでしょ?でも、竜星にそういう手は通用しないです。姑息さでも多分あいつの方が上なので。」
「…師匠でも恋人でも酷い言いようですね…」
樋口が諸星に注意しながら鈴音にツッコミを入れる。諸星は、引きつった笑顔とも言えない笑顔を必死に顔に貼り付けて保っていたが、予想通り鈴音の言葉にキレているようだ。乱暴な足取りで、椅子に縛り付けられて動けない鈴音に近づく。
「お前、後先考えて喋ってるか?女だからって俺らがお前にこれ以上何もしないとでも思ってるのか?」
鈴音は諸星を見上げた。正確にはその向こうを見ていた。

もう少し、ってとこか…

「天魔連は、階級付き魔導士が任務以外でのいかなる場合も、同属(魔法使い)を傷つけることは許さない、というルールがあるようですね。」
「お前の師匠がそれを守っているとでも?少なくとも俺は守る価値のないルールだと考えてるがな。」
「そうですか、ならどうぞ。ただバレないように…」
「どう言う意味だ…?」
「諸星さんも樋口さんも、悪いことするにはちょっとツメが甘いみたいに思えるから。私がそうしようと思ったら、大声で叫んで助けを求めることもできたんですよ?」
樋口はハッとした。しかし、諸星は怒りを込めて壁に手を着いた。ちょうど、鈴音を壁に押し付ける形だ。
「じゃあ、今から黙らせてやるよ…」
「…最後にもう一つ。」
鈴音は壁と諸星の腕に閉じ込められながら笑顔で言った。
「妖魔をナメない方が、いいですよ」
諸星、樋口はばっと振り向いた。杖を慌てて召喚して振り上げたが、時はすでに遅し。ホーリーは華麗に時計から飛び出して宙に受けんでいた。口に金色の小さな鍵を咥えている。クリスマス前に趣味の通販で買った、『どこでもキー』だ。
持っててくれてよかった。
鈴音が内心安堵したのは内緒の話だ。
ホーリーは黒い焔とともに、少年の姿に化けた。攻撃モードで、両手の爪が鉤のように鋭く長い。
「よくも閉じ込めてくれたなっ!!」
ホーリーが怒りの一撃をぶつける。積み上げられた机やパイプ椅子が一瞬で切り裂かれた。ついでに、鈴音を縛り付けていたガムテープも、切り離される。
「しまっ…」
諸星、樋口がシンクロナイズドスイミングより正確に、同時に鈴音を振り返る。
この仲の良さがこの二人の欠点かな。
鈴音は思いながら、杖を振るった。ホーリーは鉤爪がぎらりと光る右手を振り上げた。魔力で持ち上がった重くて硬そうな材質で出来た教壇が樋口の顔面に、鉤爪の刃ではない部分が諸星の後頭部にそれぞれ思いっきりぶち当たる。諸星、樋口は白目を剥いて埃だらけの床に倒れ伏した。

「あー、怖かったぁ…」
鈴音は今更早鐘のように打ちまくる左胸を押さえながら、猫型に戻ったホーリーを抱きかかえて足早に教室を後にする。
「鈴音、凄い無茶したなあ!!二人の注意を引くのはいいけど、もっとマシな話題なかったのかよ!!すんげーヒヤヒヤしたんだぜ?それにオレがもし『どこでもキー』持ってなかったらどうしてたんだよ…」
ホーリーが驚いたように言う。鈴音はごめんごめん、と笑う。
「ネクタイの裏が一瞬キラって光ったから、心配してなかったわよ」
「素直に竜星呼べばよかったじゃないか!あいつらがほっぺにちゅーする前に伸してくれてただろうに。あ、あるいは竜星の知られざる恥ずかしい一面を披露する代わりに見逃してもらうとか」
ホーリーはまだ恐怖が抜けきれていないようで、校舎を出る頃になってもまだまくし立てていた。
「恥ずかしい一面は良い考えだわねえ。諸星とかいう人、喜んで私を開放してくれたかもしれないのに」
鈴音は軽やかに笑う。
「鈴音一体、どうしちゃったんだよ…」
ホーリーは困惑していた。
「なるべく、自分の身はひとりで守れるようになりたいのさー。」
鈴音はふんわりと言った。

「いててて…なんつー女だ、師匠が師匠なら弟子も弟子…」
諸星はガンガン痛む後頭部を押さえながらむくりと起き上がった。相方の樋口は既に立ち上がっていた。ただしトレードマークのぐるぐるメガネのレンズの片方が、直したばかりなのにまたバリバリに割れて、鼻の穴の両方から止めどない赤い血をたらたらと流れるままにしていた。
「ヒグチ、大丈夫か?保健室に行こう」
しかし、樋口は動かない。諸星が怪訝に思ったその時、樋口は頬を紅潮させて叫んだ。
「何あれ超カッコイイ超カワイイ!!正直ヒグチ、惚れました!鬼塚鈴音!!」
「え…?教壇とかぶつけられたのに、何お前、そーゆーシュミ?」
諸星が興奮する樋口を、生まれて初めて目にする珍しい生き物(爬虫類系)のように見る。
「見るからにおっかないモロボシくんに詰め寄られても動じないあの度胸、あの眼差し、あの機転!!神崎のそばに置いておくなんて勿体無い!ねえモロボシくん、本格的にあの子奪りにいきますから、手伝ってください!そうしたら、鞠絵さんの復讐もできますよ!」
「はぁ…」
諸星があきれ果てたようにいつになくハイテンションな樋口を見つめる。そして、いつの間にかもう一人メンバーが増えていることに気づく。
「よく言った。樋口、とか言ったか。生憎オレも鈴音ちゃんのことが好きだが、しばらくは協力してやろうじゃないか。打倒神崎だ。」
白衣を羽織り、どう見ても邪魔くさい巨大なフラスコを背負った男。俺らと同じ、鼻先で一級魔導士を奪われた男。不二里ナツメ。
「鈴音ちゃん親衛隊兼打倒神崎同盟の結成ですね。頑張りましょう、三人で」
不二里、樋口は肩を叩き合っている。肩たたきの波は何故か諸星にも伝染してきた。

打倒神崎はいいけど、何でこんなことになっちまったんだ?

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Posted at 02:51 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
2013.04.22

マジラバ第十一話(第二部一話) 十六歳たちの葛藤?てんたまスキャンダル!! 前編

※お知らせ。2013/4/22、第十話完成。

1994年頃の某日某所

「やめてください旦那様、奥様はまだ…」
寝室の前での攻防。使用人の女が追いすがる。男は女の頬を力の限り殴りつけた。
がしゃあああん。女が倒れる。その弾みで小さな棚に置いてあった一輪挿しの花瓶が床に叩きつけられて砕け散り、生けられたバラや水をぶちまけた。哀れな使用人の女は、その破片のいくつかが原因で顔を切ったかもしれない。しかし、男にとっては気に止める価値もないことであった。男は乱暴に寝室の戸を開ける。中では赤みのある茶色い髪を肩まで伸ばした少女が、衣に包まれた生まれたての赤ん坊を抱いてあやしていた。男はずかずかと寝室に押し入り、少女から赤ん坊を奪い取った。
「産まれたか、究極の力を持つ娘!!」
男の濁りきった眼には、間違いなく狂気的な喜びが現れていた。
「この家に取り入ってから30年!『魔導士のイブ』はここまで強くなったか!!感じる、感じるぞ溢れんばかりの生命力の波動を!!あと一回もこの悪魔の血と交わらせれば、きっと最強の…ぐあっ!」
男は突然脳天に振り下ろされた重い衝撃に呻き、絨毯に膝をついた。全身がビリビリとしびれる。手足が異様に冷たい。それでも男は、自分の大切な『作品』だけはしっかりと手放さなずにいた。
「私の娘返せこのペドコン野郎」
赤ん坊の母親である茶色い髪の少女がいつの間にか背後に立っていた。両手で真鍮製の、女神をかたどった像を握りしめている。
「どっちが強いのか、忘れたの?今度こそあんた方の好きにはさせない、さあ命が惜しけりゃそこからどきな」
「きっ…貴様っ…」
男は殴られたところから真っ赤な血をどくっ、どくっと吹き出しながらなんとか立ち上がる。口元から同じ赤い血がだらだらと醜く垂れ流していた。
男は奇妙に歪んだ顔で、奇妙に歪んだ視界の中で、赤ん坊を抱えたまま少女に向かって掴みかかる。
ほぎゃあ、ほぎゃあ。
赤ん坊が、男の腕の中で火をつけたように泣き出した。
ほぎゃあ、ほぎゃあ。
赤ん坊はその身を余すところなくナイフで切り刻まれてでもいるように泣き叫ぶ。

どがん!

それは突然のことだった。屋敷全体がぐらぁんと、一回だけ大きく揺れる。窓という窓から真っ白な光が、カッと放射状に広がった。

しばらくして、少女はどさくさ紛れに奪還した赤ん坊を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がった。きょろきょろとあたりを見回す。屋敷はいつも不気味なほど静かだったが、今や鼠の這い回る音一つ、聞き取ることができなかった。
足元であの男が白目を剥いて死んでいる。それを跨いで寝室を出ると、顔を血まみれにした使用人の女が息もせずに横たわっていた。廊下の向こうには、あの男に着いていた執事がおそらくこれも鼓動を永久に停めて倒れていた。
少女は、今はもうすやすやと安らかに寝息を立てている腕の中の赤ん坊を見下ろし、つぶやいた。
「あっ、危ないとこだった…っていうか、屋敷内の人間全滅とか。強いねあんた、さすが私の娘」
別にここまでするつもりはなかった。しかし、この状況は少女にとって願ったり叶ったりだった。ともかくこれで、少女は長いあいだ自分を縛り付けていた呪縛から、解き放たれたのだから。哀れみとか、罪悪感とか、そんなものをこの屋敷中に散らばる屍たちに対して、感じる気にはとてもならなかった。

少女は晴れ晴れとした笑顔で、自分の生まれた屋敷を後にする。
「さあーて、これからどこに行こう。ねえ、可愛子ちゃん」



最初の少し前

「ホントに空が緑色に光ることなんてあるの?」
水色の手術着にも似た無機質なチュニックを着た、黒髪の少年が問う。白いドレスの少女は自信満々に頷いた。
「オーロラっていうの。そりゃあ綺麗なんだから」
「見たの?」
少年は興味津々で少女に聞く。少女は苦笑いして首を横に振る。
「ホントは写真でしか見たことない」
「なーんだ」
少年はちょっとだけつまんなそうに仰向けになる。
ゴメンって、と謝る少女。少年はしばらく拗ねた振りをしていたが、おもむろに上半身を起こし、少女に笑顔を向ける。
「それじゃあさ、ここを出たらさ、見に行こうよ。ホントにオーロラは緑色なのか。北極にさ」
少女はええー、と面倒そうに言った。
「北極行くのも並大抵のことじゃないんだってば。知ってる?この独房とかより全然寒いのよ」
訳知り顔でそう言ってしまってから、また子供らしい不機嫌モードに入りかけた年下の親友を見て、慌てて取り繕う。
「…でも、…と一緒に行くなら、大丈夫かな」
取り繕う、と言ってもその言葉に嘘はない。この子とならば本当にどこにでも行けそうな気がしていた。
少年は幾分照れたように笑顔をみせた。そしてふっと真顔になってまっすぐ前を見つめる。
「…今度は、オレが…を守るからね」



現在

鬼塚鈴音は部屋の大きな鏡の前で、立ったり座ったり、白いスカートの裾を持ってくるりと回ったりして自分の姿をチェックしていた。この黒と白を基調とした天魔連の制服もとても可愛い。しかし、ちょっと自分にはシックすぎる気もする。鈴音にとっては、翅黒高校の華やかな色合いの制服の方が好きだった。

「何やってんだ鈴音、出かけるぞ」
『豊○天狗監督が抗議:「敗北した箒を焼き払うのは伝統文化だ」』と見出しに書かれた新聞を握り締めた竜星が、支度の遅い鈴音に痺れを切らして部屋の入り口まで迎えに来た。竜星は鈴音の部屋の中には入れないのだ。
「何で伏字なのさ…」
「作者にとって何か都合が悪いんだろ。とにかく早くしろよ、どんなにジロジロ見てたってお前のその残念なプロポーションが改善されるわけじゃないん」
「はいはい」
鈴音は遮って、カバンを持って部屋を出る。

今日は月に一度、天魔連の総統にして日本の魔法使い全体を牛耳る存在、もっと言ってしまえば日本のトップにも等しい老魔女、玉蓮院青妃(ぎょくれんいんしょうひ)の下で試験をする日だ。
この前の階級付き魔導士試験の時、何故か彼女に気に入られてしまい、筆記試験で落ちてしまったのにも関わらず、五級魔道士の資格を得た。そこで玉蓮院は鈴音を自分のところに引き込み、直々に(?)魔法の手ほどきを授けたかったらしいが、竜星が鈴音の現在行方不明の母親、琴音の名前を出した瞬間、意見を変えた。鈴音は今までどおり竜星に魔法を教わる、という処遇に落ち着いたらしいが、玉蓮院は不満を殺しきれず、鈴音に月に一回どれくらい成長したか自分の前でテストをするように命じたのだった。
対して玉蓮院と会話したわけでもないのだが、鈴音は彼女の冷酷非情な目がどうしても好きになれなかった。竜星も比丘尼のようにあからさまに玉蓮院を恐れたりはしないものの、明らかに警戒している様子だった。その証拠に、あの魔導士試験の日以来竜星と魔法修行する時間がかなり増えたのである。
キャンディみたいなピンクの箒にまたがって空を飛んでいる途中、後ろに腰掛けている竜星を盗み見ると、なんとこっくりこっくりと舟をこいでいた。横顔が青白い。よく見ると目の下にクマもできているようだ。

昼間は高校に通って、夜は一級魔道士の過酷な任務を縫って一日平均六時間は魔法修行。疲れるのは当たり前だ。

鈴音は少しだけ申し訳なくなる。

まあ、寝不足は私も同じだけど…

こんな時くらいゆっくり寝かせてあげようと、鈴音は前に向き直る。
「あっ!」
鈴音の肩に乗っていたホーリーが声を上げる。
「ダメよホーリー、寝かせてあげて」
「じゃなくて、落ちた!」
「えっ」
鈴音が慌てて振り向くと、竜星が「バカヤローもっと早く起こせっ!」などと怒鳴りながらものすごい剣幕で飛んでくるところだった。

「ふむ、まあまあってところだな」
暗い赤色をした調度の割合の多い、七角形の部屋。玉蓮院がいささか悔しそうに言う。
薬品調合、基礎魔法の実技、魔法の理論に関する口頭試問などをいくつかずつ、一時間ほど時間をかけてやりおおせた後のことだった。鈴音は澄ました笑顔で机に散らばる薬草の根っこのカスやら潰れた果実やらを魔力でかき集めてゴミ箱に捨て、帰り支度を始めた。
「鬼塚琴音から何か連絡は来たか?」
玉蓮院が唐突に聞いてきた。鈴音はきょとんとする。
「いいえ?十月に大量の下着が送られてきて以来、ぱったり音信不通ですが」
「そうか。」
玉蓮院は一見無表情に見える顔で目を閉じた。

魔道士試験の時の反応といい、この人はうちのお母さんが怖いんだろうか?

鈴音は少しだけ心に思いかけて、やめた。玉蓮院が人の思考を読むらしい、という噂を思い出したからだ。鈴音が緊張した面持ちで玉蓮院を見上げると、玉蓮院は鈴音の考えたことを読んだのか読まなかったのか、ただ皮肉めいた微笑みを返してきただけだった。
「では鬼塚鈴音、来月同じ第二土曜日、同じ時間に。」
玉蓮院は今度は何の科目についてテストするのかを言わなかった。しかし、鈴音も期待していなかったので、気にならなかった。
「ええ。大丈夫ですよ。」
鈴音はカバン一つだけを持って、軽く会釈すると玉蓮院の部屋を出て行った。

「ぅあーっ!緊張した!!」
玉蓮院の部屋を出るなり、鈴音は大声を出した。額に汗が浮かんでいるのを今更ながら感じる。

でもまあ、何とか合格貰えたみたいだから、いいか。
しかし、月に一回のテストっていつまで続けるつもりなんだろう?私が一級取るまで?

なんにせよ、行き着く先は希望にあふれる結末、とはあまり思えなかった。鈴音は、竜星のやっている一級魔導士が決して「安全で心地の良い仕事」ではないことをよく知っている。どうやら世間一般のイメージはかっこよくてヒロイックで、魔法使いの花形のように思われているらしいが、竜星と過ごした今までの数ヶ月ほどの短い間、竜星は明け方に血みどろになって帰ってきたことだってあった。

鈴音が五級魔導士を受けたかったのは、あくまで力試しのような軽い気持ちだった。まあ、ちゃんとした魔法の知識があれば、竜星の支えまではいかないかもしれないけれど、少なくとも足を引っ張ることがなくなるかもしれない、と思ったことも理由の一つではある。
とにかくどちらにしろ、どうやら玉蓮院が鈴音に期待しているらしい「天魔連の新しい戦力」になる気はさらさらなかった。

それでも、私が玉蓮院の納得する成果をこのテストで出せなければ、竜星や比丘尼さんに何らかの危害が及ぶかもしれない…

そう思うと、鈴音が取れる選択肢はあまり残されていないのだ、と思い知らされた…。

鈴音は天魔連魔導士養成学校の校庭まで歩いてきた。
竜星は「自分も用事がある」とかで試験が始まる前にどこかに行ってしまったので、いなくても別に心配ではない。

しかし、ホーリーは一体どこに行ってしまったんだろう?ここで待っててって言ったのに…

受付に行って迷子放送でも流してもらうよう頼もうか、と考えたまさにその時、少し離れたところからきゃいきゃいと少女たちの声が聞こえてきた。

「お願いお願いちょっとでいいから解剖させてっ!!」
「ばっかやろー、んなこと出来るかいっ!!」
十三四くらいの白衣を着た少女たちがメスを手に追いかけているのは、見慣れすぎた小さな黒い猫叉だった。

「いーじゃないの胃袋の一つや二つっ!!」
「ア、アホかお前ら、ひとつしかねえんだよっ!!」

少女たちは無邪気に残酷なことを口走りながらホーリーナイトを追い掛け回している。

ちょっとあんたたち、と鈴音が止めようとしたところ、黒い背の高い影がホーリーと少女たちの間に立ちふさがった。
「君たちやめたまえ。嫌がっているだろう」
黒い衣服でとても長い金髪を細い一本の三つ編みに垂らしている男が、ホーリーを抱き上げて、少女たちを諌めた。
「す、すみません…」
少女たちはあれだけしつこくホーリーを追い回していた割にはあっさりと引き下がった。理由はすぐにわかった。天魔連特有の「地位の高い人信仰」だ。少女たちが鈴音とすれ違う時、「一級魔導士の潮田さんよっ!」「こんなとこで会えるなんて…」と興奮気味に囁きあっていたのだ。

潮田さんとやらは、顛末をじっと見ていた鈴音に気づいた。そして抱き上げていたホーリーを丁重に差し出す。

「君の猫叉か?」
鈴音が受け取ろうとしたその時、潮田ははっと目を見開いて鈴音の顔を覗き込んだ。
「もしかして…鈴音か…?」
鈴音はきょとんとした。本日二回目。鈴音は、竜星以外の一級魔導士の知り合いは居なかった。
「どうして私のことを…」
怪訝そうに聞き返したとき、潮田は悲しそうとも言える表情を一瞬だけ見せ、それから思慮深そうな無表情に戻った。
「そうか、覚えていないのか…」
鈴音が困惑しながらもこんな奇抜な髪型をした人が私の人生に袖触れ合うだけでもいただろうか、と記憶の糸をたぐりはじめたが、潮田はあっさりと、鈴音に思い出してもらう努力もせずに背を向けた。
「ならいいんだ。じゃあ、元気でな」
そのまますたすたと、花の舞い散る白い街へと消えていく。
「鈴音、知り合いか?」
腕の中でホーリーが聞く。
「いや…何なんだろ…」
鈴音は呆気にとられて遠ざかりゆく黒い背中を見つめていた。

しばらくボーッとしていたため、鈴音は迫り来る四本の魔手に気づくことができなかった。ざわり、と不穏な気配を感じてはっと振り向いた時には、既に相手の、細いが鈴音よりは明らかにたくましい腕に絡め取られていた。鼻の奥を刺激する薬草の臭いを感じるとともに、鈴音は意識を失った。
Posted at 16:30 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
2013.03.03

世界一下らない童話3:操り人形ピノの冒険

※未完成

「さーてお立ち会い、最後にして最大の出し物をお送りするのは、このタワシ…じゃねえや私…ストロベリー!世界にまたとないこの偉大なショウマンが今宵お目にかけるのは、摩訶不思議、生きてる人形!ではご紹介、たった一本の糸も使わず歌や踊りを軽くこなしちゃう激烈可愛いマリオネット・ガール、世界に、ただ一人の、ピーノー嬢ー!!!」

自称『偉大なるショウマン』、芝居小屋の親方、ストロベリーがいささかふくよか過ぎる腹を胡麻豆腐のようにぷるんぷるんさせながら声を張り上げます。緞帳が左右にさっと開いて、舞台の上、スポットライトに照らされて、赤と黒のレースがヒラヒラしたドレスを纏ったピノが、若桐のような右脚をさらけ出してポーズを取っていました。
「…ピノ『と』芝居を見たかったんじゃないのかあの二人」
カマドウマが怪訝そうにひとりごちました。

そんなカマドウマにも頓着せず、ピノは自らを見上げる観客たちに向かって朗々と歌いはじめました。

自由ってやつは楽しいもんだぜ僕も昔は縛られてた、だけど今では幸せいっぱい、薔薇色の夢輝いている、なんて素敵な世の中だろう
(あれ、コレJASRACとか著作権とか大丈夫?これで利益を得る下心は毛頭ありませんが、もし問題でしたら替えます)

観客たちは確かに自分の両足のみで立ち、まるっきり人間のように自在に動く口から声を出す『生ける人形』を目の当たりにし、口々に叫びました。

「すごい!」
「生きてるみたい!」
Posted at 01:45 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
2013.02.02

世界一下らない童話:操り人形ピノの冒険2

※オトナの都合によりギデオンが喋ります。

「はい、あーん」
ゼベットさんが笑顔で差し出すフォークの先に刺さったサラミを、ピノはマニュアル通り「あーん」と口をあけてくわえこみました。小さな口が、サラミをさくさくと咀嚼します。ゼベットさんは、その様子をうっとりと見つめていました。
「おいしーい?」
頬杖をつき、古希も近づくじいさんに可能な精一杯の甘い声でピノに問い掛けるゼベットさん。返ってきた答えは、
「味蕾細胞がないのでわかりません」
「…」
冬も近いせいか、一気に空気が冷え込んだ食卓。ピノの皿の縁に座って、ビスケットの欠片をかじっていたカマドウマが、はー、とため息をつきました。
「まだ心ってもんが生まれてないみたいだな」
ゼベットさんは壁に手を着き、自分に言い聞かせるように何事かをぶつぶつ呟いています。
「ああ、うん、わかってたさピノがこう言うのは…何しろピノはツンデレ属性だからな…そうさピノはツンデレっ娘…」
カマドウマはそんなゼベットさんを冷めた視線でみやりながら呆れたように言いました。
「毎日毎日同じことをよくやるよ」
あの妖精が、ピノに命を吹き込んだ晩からもう何日経ったのか。
カマドウマはピノを見上げました。ピノは相変わらず石のような無表情で、ゼベットさんが何を悲しんでいるのか理解できないようでした。
こんな様子じゃモアイでも手な付けた方がよっぽど楽なんじゃないのか。
そうは思うものの、カマドウマは決してそれを口に出すことはしません。そのかわりに、うちひしがれるゼベットさんに一つ提案をしました。
「ピノ、外に出した方がいいんじゃねえか?ほら、学校にでも行かせてさ、沢山人間に触れさせた方がジョウチョユタカに育つって聞いたぜ」
ゼベットさんは、肩に乗ったカマドウマをちらりと見て、首を横に降りました。
「やだ。ピノと片時だって離れたくない。」
カマドウマはがっしりした後ろ足二本で立ち、ゼベットさんの耳元で、そっと囁きます。
「セーラー姿のピノを見たくないか?」
「…」

翌日。
「うおおおおお、ピノ、ワシのピノ!なんて超絶ラブリーキュンキュンキュートなんじゃあああああっ!」
借金してまで買った絹織物でセーラー服を拵えて、それを纏ったピノに興奮の雄叫びを上げるゼベットさん。
「ありがとうございます」
誉められたらとりあえずそう返事しとけ、とカマドウマに教えられたピノは、機械的に返しました。
「忘れ物ないかい?ピカピカのリンゴをあげよう。変な男に着いてっちゃダメだぞ。ああでもむしろワシが着いていきたい…」
「ゼベットさん、女学校だから」
カマドウマにたしなめられて、ゼベットさんはやっとのことで自分を抑えました。
そんなこんなで騒いでいるうち、壁に掛けたからくり時計たちが8時を知らせるために賑やかに鳴り始めました。ゼベットさんも仕事を始める時間です。

「気をつけてなあ~!!」
これが今生の別れでもあるが如くハンカチを振るゼベットさんに形だけ手を振り返して、肩にカマドウマを乗せたピノは社交的レディへの第一歩を踏み出しました。

「ハイ・ミルクティー、ステッキなっ稼業♪」
玩具のような街、石畳の道。おかしな歌を口ずさみ、銀のステッキを傍若無人に振り回す。バサバサの黄色い髪から三角耳を突きだして、尻尾をふさふさ靡かせて、稀代の色男、J・W・ファウルフェローのお出座しです。ファウルフェロー…以下長いのでフェロー…は、楽しげに語らう女学生たちの集団を満足そうに眺めながら、傍らにいる腰巾着の猫耳青年に語りかけます。
「あれを聞けギデオン、通学途中の少女たちの声はいつ聴いてもいいものだ。」
「はあ」
ギデオンはいかにも気のない返事をしました。
「知識の泉で学ぶ知的な少女たち…萌えるねえ…」
「あんたが注目してるのはセーラー服でしょ」
ギデオンは冷たく言いました。フェローは構わず、大袈裟に頷きます。
「そう、あわよくばイタズラな風が吹いて中身を少しばかりさらけ出さないかと毎夜星に願いを掛けている」
「あんたホントにゲスですね」
南極大陸の氷みたいなギデオンの返事、密かに我慢していたフェローもついに舌打ちをしました。
「ったくおめえは…もーちっとマシな口の聞き方が出来ねえのかい…っておい」
何かに気付いた様子のフェロー。思わずギデオンの両肩を掴んで揺り動かします。
「なんすか」
「あれを見ろほら、生きてるぞ。糸もないのに動いてる。しかも美しい。」
疎ましさを隠しもせず、肩を掴む手を振り払うギデオンに対し、フェローがやや興奮して指差すのは、白いセーラー服を颯爽と翻して歩く我らが美少女、ピノでした。ギデオンも少し興味を持ちましたが、フェローの発言には必ず反対するように心に決めているので、素直には認めませんでした。
「子供(ガキ)ですけどね」
「フフッ…こりゃあ、一儲け出来そうだ…そうと決まりゃあ先回りするぞギデオン!」
フェローは唇をぺろりと舐めて、身軽に壁を越えて裏道に入り、ピノの歩く方向へと走り出しました。

ピノが脇目も振らずすたすたすたと、歩いていると、
「きゃっ…」
尖った傘の先端が、彼女の爪先を引っ掛けました。すてん、と幼児のようにつんのめるピノ。
「ややっ、これは失礼マイフェアレディ、お怪我はありませんか?」
すかさず、フェローが手を差し出し、ピノをたたせました。
「いえ特に。人形ですから」
ピノは素っ気なく手を振り払います。しかし、フェローはめげません。今度はピノの衣服をぱんぱんと無遠慮に叩きます。
「しかしお召し物が汚れている。何か他のお洋服に変えなければ…(そこでフェローは名探偵よろしく顎に手を当てました)…セーラー服より高くて素敵なお洋服…そんなものがあるところ…そうだ芝居小屋に行こう!」
「…」
フェローが高らかに天を指差したのに、一同は冷ややかな静寂を持って答えとしました。
「…無理やりくさっ」
ギデオンがぼそりと呟きました。
フェローはギデオンの胸ぐらをつかみ、わっさわっさと揺さぶります。
「…んじゃどーやって芝居小屋に連れてけば良いんだよお!!」
「力尽くでひっぱってけばいーじゃないですか、あんたそれでも詐欺師か!」
「乱暴はダメだろ乱暴はっ!!!てゆーか、お前絶っっっ対俺のこと嫌いだろ?!」
「今更気づきましたかこの天そば野郎」
「ぅぬあぁあぁそりゃあ緑のたぬきじゃああああぁぁっ!!ってあれ、彼女は?!」
二人がくだらない喧嘩をしている間に、ピノはすったすったと勇ましいとすら言える足取りで去ってしまいました。

「おいピノ、お前、野暮もここまでくると重症だな。ゼペットさんがいい加減かわいそうになってきたよ俺は」
カマドウマがピノの頭の上で前足をアメリカ人のようにふりふりしました。
「なぜですか?」
ピノは抑揚のない声でカマドウマに聞きました。カマドウマはふー、とわざとらしくため息をついて、
「あの二人。気づかなかったか?まあ心のないお前には無理な話か…ありゃナンパだよ、ナ・ン・パ。」
「なんぱ?」
意味を捉え兼ねて不思議そうに首をかしげるピノに、カマドウマはイライラと声を張り上げました。
「ピノと遊びたいってことさ!!考えても見ろよ、女学校でおとなしい女の子たちと日がな一日聖歌歌ったり本を読んだりするより、あーゆーのとデートでもした方が恋心のなんたるか、男心のなんたるかがわかるんじゃねーかと思うのよ!!」
「はあ」
「わかったらさっさと二人のとこに戻れ、そんでピゥーと陽気に口笛吹いて足でも出して逆ナンしろ、人間になりたかったらな!!」
「…」
別に、人間になりたいなんて一言も言ってないのに。
しかしなぜかピノの周りの人々は、みーんな「ピノは人間になりたいのだ」と思い込んでいるようです。そしてそのためには、心を手に入れてゼペットさんに恋をしなければならないのだと。
ピノは心なしか、とても腑に落ちない思いを抱いていました。
とはいうものの、人間になったら何か都合の悪いことがあるのかと問われたらそうでもないので、ピノは大人しくカマドウマの言うことに従うことに決めました。

「ほーらお前が余計なこというから、逃げられちまったじゃねえかっ!!」
「責任をなすりつけないで下さいよ、100%あんたのせいです。って、戻ってきたぞ」
「え」
「何故か唇突き出して色っぽく太もも見せてるけど」
「でもすんごい無表情」

Posted at 03:50 | マダム沌夕 | COM(2) | TB(0) |
2013.02.01

世界一下らない童話:操り人形ピノの冒険

五年前の亡霊が、パワーアップして戻ってきました。皆さん宜しくね。


昔々あるところに、ゼベットさんと言う貧しい人形師がおりました。ゼベットさんは偏屈で頑迷で、『あっちの意味での』子供好きだったため、こんな良い年になるまで妻もなく、勿論子もなく独り身で過ごしてきました。しかし、彼は全く不幸せではありませんでした。
狭くてボロい掘っ立て小屋には必要最小限以下の家具と日用品、そしてこの半世紀の間コツコツ作り貯めてきた美少女人形が所せましと並んでいましたから。
仕事を終え家に帰るとゼベットさんは小屋を見回しこう言うのです。
「ただいま君たち!我が桃源郷!!やはり君たちはいつみても可愛らしい!」
「…」
ゼベットさんがいくら彼女たちを誉めても讃えても彼女たちは何も返事をしません。にこりともしません。そりゃそうです、彼女たちは人形。大小合わせて百体くらい「ありました」が「いる」ではないのです。木製や石膏製の冷たいボディではゼベットさんに微笑みかけることは愚か、立って歩いたり息をしたりする事すら出来ないのでした。好きでこの仕事を選び、好きで孤独な人生を選んだゼベットさんですが、彼は時に無性に虚しい気分になるのでした。

ある日、ゼペットさんはまた新しい人形を作ろうと思い立ち、知り合いの木こりから値切って値切って値切りまくった木材で作品を作り始めました。ゼペットさんは穿ち、削り、彫り、叩き、食べることも眠ることも忘れ、三日三晩が経ちました。

「ついに出来たぞ。」
ゼベットさんの目の前には、妖しい程に美しい少女が座っていました。つるりと滑らかで輝くばかりの、月光の如く真白い肌は、木から彫り出されたものとは思えないほどのリアルさ。それでいて現実ではあり得ないほど彼女は完璧なのでした。
ゼベットさんは彼女にピノと言う名前を付けました。ゼベットさんはなけなしの金で上等な黒い絹織物を買い、凝った造りのドレスを誂え、ピノに着せました。余った布地はレースも付けて、ヘッドドレスにしました。ついでに丸っこい黒い靴とレースの靴下も作って履かせました。ゼペットさんはそれで満足し、それからまたちょっと虚しい気分になりました。
だって、どんなに可愛くてもリアルでも、彼女は人形。自分の理想が反映されているため、ゼペットさんの人形たちはどれもこれも非常に愛らしいのですが、彼女らの可愛い唇から愛の台詞が紡ぎ出されることはなく、彼女らの滑らかな肌は固く冷たいままなのです。

「ああ、どこかにこの子たちのように可愛くて、家事も万能で、私にぞっこんな美少女(美幼女でも可!)はいないものだろうか…」
いたらすかさず連れて帰って、可愛がりつつ好みの女性に仕立てあげるのに。
それは犯罪です。

ある夜のことでした。ゼペットさんがいつものよーに少女人形に囲まれて穏やかな眠りに就いていると、壁の隙間から一匹の肥ったカマドウマが入ってきました。カマドウマは言いました。
「切ねえな、いい大人がともに笑うこともともに泣くことも出来ないお人形さんなんかをこんなに大量に作って喜んでるとは。」
すると、ゼベットさんのベッドの傍らに突然現れた、月明かりのように青い髪の妖精が言いました。
「そういう形の愛もあるってことよ。」
肩…?を竦めるカマドウマに対し妖精は淡々と続けました。
「ま、お伽噺のヒーローとヒロインは王子さまとお姫さまとは限らないってこと。ここは一つ、この偏屈親父の願いを叶えてあげましょう。」
青い髪の妖精は空色のドレスの広い胸元から覗く、豊満な膨らみが作り出した深い谷間から長い杖を取りだし、虚ろな目をして座っている木彫りの人形、ピノに向けてひとふりしました。
「木で出来たお人形、目を覚ましなさい。あなたに命を吹き込みます。」
ぱあっと、この汚い掘っ立て小屋の中が突然眩しい虹色の光に照らされ、ピノは糸もないのにゆっくりと立ち上がりました。ピノは両手で自分の顔を触り、少し驚いたように言いました。
「動ける。話せるし…歩ける。」
「む…もう朝か?早いな…」
急に辺りが眩しくなったこと、騒がしくなったことで目を覚ましたゼペットさん。彼は真夜中だというのに部屋の中を、その時代にはまだない蛍光灯より目映い虹色の光を浴びて、自分の足でしっかり床に立っているピノを見つけ、びっくり仰天しました。。
「お、おまおまお前、た、立てるのか?」
我ながらばかばかしい質問だったとゼペットさんは思いました。ピノはこくんと頷き、
「はい、お父様」と確かにそう、さくらんぼみたいに可愛らしい唇を開いて言いました。
「お、お前喋れるのか」
馬鹿馬鹿しい質問パート2。
「正確には私が動いて話せるようにしたのよ。たった今ね。」
青い妖精が半分呆れたように言いました。
「でも動いて話せるイコール人間じゃあない。人間足るもの、愛し愛されることを知らなければ。つーことで、この娘が完璧な人間になれるかどうかは今後のあんたと彼女次第。」
ナイトテーブルの上で、カマドウマが偉そうに口を挟みました。
「と言うことは、私とピノが心から愛し合えば彼女を人間にしてくださると…?」
ゼベットさんとコミュニケーションが取れるようになったピノですが、やはりその肌は無機質な真珠色のままであり、人間の少女の温かく柔らかな肌とは程遠いものでした。
ゼベットさんの欲望モロだしの質問に対し、妖精は優しく微笑みました。
「でも、ピノがついに人間らしい愛を手に入れられなかったら、また人形に戻しちゃうわよ。カマドウマ、お前はピノの近くにいて彼女をサポートしなさい。」
妖精にいきなり役目を降られて、
「ええーっ??!」と抗議したカマドウマでしたが、妖精の険しい表情を見て、口をつぐみました。
「と言うことで私は帰るから。ゼペットさん、あんまり度が過ぎた事しちゃうと嫌われちゃうから、程ほどにね。」
妖精は杖をもうひとふりして、最初から居なかったかのようにふっと消えてしまいました。
あとに残されたはピノ、ゼペットさん、カマドウマ。
「ま、仲良くやろうや、ピノ、ゼペットさん。」
カマドウマが長い触角をふりふりして言いました。
それから三人の…内二人は人外…奇妙な共同生活が始まったのです。ピノは産まれながらにして家事は万能、今為すべき事を自分から察してその通りに行動しました。ゼベットさんが帰ってきたら出迎えてやり、温かい料理と清潔な部屋を彼のために用意しました。その様子は親子と言うより完全に年老いた夫と幼妻。外を歩けば村人たちは美しいピノには思慕の熱視線を向け、ゼベットさんには犯罪者、ロリコン豚野郎と罵倒の言葉を浴びせかけました。カマドウマは…女性に見つかればそれなりに悲鳴をあげられました。
しかし、二人と一匹は、そんな部外者の動向など一向に気には留めません。
互いに思い思われ、仲睦まじい二人は、誰が見てもこの上無く幸せそう。ただ二人には、ただ一つ、たった一つ、大きな問題があったのです。
ピノには、最も根本的で最も大切なものが欠けていたのでした。人間が持ち得て人形は持ち得ないもの…そう、ピノは心を持っていなかったのです。従ってゼベットさんを愛する事が出来ません。ゼベットさんに微笑みかけることも出来ません。
ゼベットさんがどんなにピノを可愛がっても、愛を注いでも、ピノはそれを返すことが出来ませんでした。

次回、ヒーロー登場。
Posted at 00:53 | マダム沌夕 | COM(0) | TB(0) |
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