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2014.04.27

フラグベント 第四話 後編

Frag"B"ent - フラグベント -

第四話  後編  「プラマイゼロ」


肩にオバケを乗せた男子学生に追いまわされ、転がり込んだ橋の高架下。
刃に変形した腕が眼前に迫り、もう駄目かと思われたその時に、
自転車で謎の青年が転がり込んで見事な轢き倒しを決めた。
そのまま、一方は刃物を振り上げ、もう一方は危なっかしく避けに避け、

知久矢はそれをぽかんと見ているしかない。
と言うよりもう、訳がわからなかった。

そしてその青年は何事か呟いたかと思うと、突然仮面をかぶり出した。
被ると言うか、顔の前に仮面を持ってくると、止め紐がひとりでに締まる。
仮面の真ん中を掴んでいた手を離すと、何とも奇妙な顔が現れる。
真ん丸な目が仮面の大部分を占め、その片方ずつに口の絵が描かれている。
不敵に口の片側を吊り上げる表情と、歯を剥きだして笑う表情、
それら二つの目と装着者の口元で作られる表情、さながら三つの顔がそこにはあった。

「あ、そうだ君、危ないから離れていた方がいいよ」

ただの絵のはずの仮面の目が動く。
前、見えてるの?

「え・・」

とりあえずそろそろ呼吸も落ち着いてきた事だし、立ち上がり、その場を離れる。
学生の肩のオバケと仮面の目、どうしてか似ているように見えた。

『ああー、久し振りだなあ、全く』
「もう・・二度とやるもんかと思ったんだけどなあ」

『じゃあ、後は任せな!』

カメオがそう言い、気が付くとベントはまた例の部屋にいた。
「俺じゃあどうにも出来ないとは言え・・」

男子学生が前面に突攻撃を決めるが、
カメオは左にステップを踏んで軽やかにかわす。

「やっぱり気持ちのいいものでは無い・・」
ベントはそれを苦い表情で見守る。

勢いあまった学生の足にカメオが足払いを掛ける。
前方にすっ転ぶ学生。

『はっはあ、大振りだなあ』

それから学生はブリッジの姿勢になり、カメオの足元を刃が駆け、孤を描く。

『うおっ・・!?』

垂直に飛び上がり、避ける。
着地の瞬間、またもや足に刃が迫る。
次はバックステップでかわしたが、わずかに遅く、左足、脛の部分が切り裂かれた。

『ちいっ・・』

横に切り抜いた刃をカメオの足が蹴り上げる。
それで持ちあがったのを利用し、学生は起きあがった。
そして地面を蹴る。
一瞬で間合いを詰め、カメオの左目を目掛け、刃を前方へ突き出す。

『おいおいおい・・!』

左手の裏拳で弾きながらガードを決めるが、じいぃんと痺れる程の威力だ。
空いている右の掌で相手の顔を捉え、突き飛ばした。
学生は数秒、よろめくが、すぐに体勢を整え、次は腹を目掛け、左から薙いで来る。
側転しながらそれをかわした。

『奴さん・・俺等と同じか・・?』
「え? どう言う事?」

「「ちょこまか避けやがって・・・!」」

そう言うと、学生は左手までも刃に変形させる。
更に両手とも刃が伸びていき、鎌の様に曲がり、
さながらカマキリのようになる。
両腕を交差させ、こちらに走り寄って来る。

『本人の意思で動いてねぇってこった』

カメオの眼前で、腕を斬り広げる。
しゃがんでそれを避ける。
が、次に学生は上からV字を描くように振り下ろして来た。
後ろに反りかえる様にギリギリでかわした・・が、服の胸部が僅かに切れた。

「てことは、やっぱり肩の奴が本体か!」
『ったく、こっちは丸腰だっての・・!』
「こ、この前みたいに雷落としちゃえば」
『馬鹿言え・・!』

立ち上がり、学生から距離を取る。
カメオが前方、学生の方へ指を指し、次にその手を開き、パーの形でかざす。

すると、地面の砂利が浮き上がり、集合し、石の壁が向かってくる学生との間に出来上がった。
・・・が、難なく切り裂いて学生が壁の向こうから現れる。

『俺のはこう、〝集める〟んだよ。材料が足りねぇの!』
「えーっと・・どうしよう」

知久矢は離れて土手側から戦闘を見ていた。
武器の無い仮面の青年の方が若干、不利のように見受けられる。
上手く回避してはいるが、決定的な攻撃を仕掛けられていない。
そう言えば、逃げればいいのに自分はどうしていつまでも見ているのか。
いや、まだ何かやるべき事が残っているようなそんな気が漠然とだがしていた。

ゴロゴロ・・と上空から音がする。

いつの間にか天気が悪くなってきたようだ。
灰色の重たそうな雲が頭上に集まって来つつあった。
そう言えば、今日は夕方から天気が崩れるんだったか。

右に避ければ、右から 左に避ければ更に左から。
両刃とは左右に避けるには非常にやっかいな相手だった。
カメオの方からも、学生の顎を目掛けて拳を当てたりしてはみたが、
全く怯む様子も無く、次の攻撃に移りだす。

『うおっ・・!』

先程より数か所切り傷を増やしながらも、何とか致命傷にはならずに避けて来た。
気付くと、高架下からはずれ、河川敷の方へと移動している。

「「そろそろ、いい加減倒れろ、この野郎!!」」

学生が両腕をぴったりと合わせだす。
すると、二つの鎌がくっつき、絡み合い・・・果ては大きな刃へと変わった。

「「うおおおおりゃああ」」

2本鎌より大振りにはなるが、カメオに向かって振り下ろす。
横に飛び退ってかわしたが、ずどんと重たい衝撃が地面を伝い、穿つ。
まともに喰らったら、無事では済まない威力だった。

『こりゃ、そろそろ決めねぇとやばいぞ・・!』
「・・・」

ベントはモニターを見ながら考える。
何か使えるものは無いだろうか・・?
そう言えば、先程から天気が悪い。
もっと言うならそう、 雷 で も 落 ち て 来そうな天気だ。
ピンポイントで落とすには一体・・。

少し離れた所では、先程の少年が様子を窺っている。
学生か・・

そこで、ふと思いつく。

「カメオ! 思い付いた!」
『何だ、おい?!』

「あの子んとこ行って!」
『ああ?』

またもや向かってくる大振りの刃を飛び退って回避しながら、
知久矢の元へと走る。

「それからこう言うんだ」
『おい、お前!』

こちらに向かって来たカメオにギクリと身を震わす知久矢少年。
「は、はいい?!」

『シャーペンの芯、貸せ。』

「え?」

『いいから、早く!』

言われるままリュックサックを漁り、筆箱を探り当てる。
カメオの向こう側から、学生が大刃を振り被りながら走って来る。
おいおいおい・・このままじゃ、この青年ごと、自分も斬られるんじゃないか?!
愛用のユニ社の2B芯にやっと指が当たった。

「はい・・」

『でかした!』

雲行きが更に悪くなって来た。
そう、まるで今にも雷が落ちそうなくらいに。

カメオは受け取ったシャー芯ケースのカバーを開く。
学生の肩に向け、指を指す。
片手に持ったシャー芯ケースからふわりと芯が飛び出し、指差した方へと向かって行く。
そのまま縦に直線を描くように指を動かす。
シャー芯が学生の肩、丁度オバケの上に縦に並んだ。

刹那。
閃光が走った。

「「ぎゃああああああ」」

オバケ、学生に雷が直撃した。
ぷすぷすと、焦げるいやな音、口から白煙を吐き出してどうと倒れる。
肩からオバケが離れ、学生の腕はもう刃の形をしていなかった。
しかし、手の周りは赤く血塗れになっている。

『かあーっ・・全く、正体は〝血〟って訳か。』

カメオはそれらに近寄り、オバケの耳部分を摘まみ上げる。
気絶しているのかだらりと垂れ下がり、されるがままだ。

『しかし、何だこりゃあ』
「放っておいたらまた誰かにとり憑いたりするのかな」
『そんじゃあ、持ってくか。おーい、何か袋持ってないか?』

「あ、はい。」

知久矢からコンビニのビニール袋を受け取り、中にぎゅうぎゅうにオバケを詰めた。
袋の口もしっかりしばっておく。

『くあーっ・・動いた動いた。じゃ、交替。』
「うぇっ・・? ・・・わっ!」

顔から仮面がはずれ、急に意識がベントへと切り替わる。

「全く勝手だ・・な、?!」

今まで、斬られた分の痛みが急に伝わってくる。
思わすその場にへたり込んだ。

「あったたた・・・つぁー・・」

腕、足に直線の傷が数か所、見える。
ズボンがダメージジーンズに近付いてしまったではないか。
頬に手を当てたら、少しだけ乾いてべとついた血が指についた。

「あーあ、もう、勘弁してよ・・。」

めそめそ と言う文字を背負いそうな雰囲気である。
さっきまで、あの化け物と渡り合っていた人物とは思えない・・
知久矢はそう思いながら、たまらず声を掛ける。

「だ、大丈夫ですか?」

「ああー・・、うん。」

と、ここで ぽつり と水滴がベントの腕に当たる。

「雨?」

みるみる内に当たる水滴が増えて行く。

「これ、結構降りそうですよ!」

「わわわ、あ!この人どうしよう?!」

周りを見渡せば、白目を向いて気絶した男子学生。
袋詰めのオバケ、倒れたままの自転車。

「とりあえず、橋の下まで運びましょう。一応、濡れたら可哀想だし・・?そっち持って下さい。」

男子学生の上半身を知久矢が持ちあげ、足の方をベントが持ちあげ
ずるずると高架下まで運送する。

運び終わった頃に、ざあああと空間を埋め尽くす水滴。
倒れた自転車に容赦無く水が降りかかる。
オバケはベントが腕に引っ掛けて持ち運んだのでこちら側。

「で、この人どうしたらいいかな・・救急車?いやでも、俺 電話持ってないんだよなあ・・」

「どう説明するか迷いますね・・。あ!そうだ。」

そう言うと、男子学生をぐるりとうつ伏せにひっくり返す知久矢。
そして、ズボンの尻ポケットからスマホを抜き取った。
起動するともちろん、ロック画面が出てくる。
指で特定のパターンをスライドするタイプだ。
しばらく画面を見つめていたかと思うと、おもむろに画面をなぞり、あっさりロックを解除する。

「で、メールでもSNSでも何でもいいから起動して・・」

【急に雨降って来て俺涙目ww 誰か傘持ってきてww】

「・・・とか適当に文面作って、一斉送信。しばらくすると、返事が来るから・・」

【丁度外だから行ったげるわ、まったくwww】

「引っ掛かった一部の世話焼きさんに、丁重に頼み込んで終了。」

一部始終をぽかんと見ているしかないベント君。
一体何をどうやって何がそうなってるんだ。

「これで、誰か来てくれるはずです。」

「はあ。・・・ってつまり、このままここにいたらまずい?」

依然、雨はざんざと降っている。

「僕も傘持ってないんです、すみません・・」

「しょうがないかあ!」

雨の中駆けだし、横倒しの自転車を起こす。
流れた雨で傷口が更に染みるわ服に滲むわで。

「いだだだ、まあこのまま帰るか」

「あ、待って下さい。ウチ近くなんで寄って行って下さい!」

その後ろを追い掛け、一緒に濡れ鼠の知久矢君。
土手の上の自転車道まで二人並んでよっこら登る。

「その、怪我の手当てもさせて下さい。傘もウチなら貸せますし。」

「え、いやそんな。悪いよー」

「助けて頂いたんです。それぐらいは!」

「うーん・・まあよく見たらひどい状態なので、ここはお言葉に甘えちゃってもいい?」

「はい、もちろんです! あ、紹介が遅れました。僕、飯田知久矢って言います!」

「俺はベント。幕ノ内ベント。よろしくね」

「幕ノ内さんですか。その・・有難うございました。」

ぺこりと頭を下げながらお礼を言われる。

「ベントでいいよー。いやその、こちらこそ、何だかすみません。」

自転車で突っ込んで無我夢中で戦闘開始。
助けたと言う感じが全くしていなかった。

雨の中、並んで話をしながら歩く。

「・・・ええっ?! 記憶喪失ですか。そうですか・・御苦労されてるんですね」

「まあそうでも無くて気楽に過ごしてますけど。この自転車も頂き物で」

「そういえば、家の倉庫に放り込んであったのとそっくりですね、それ。」

そして知久矢少年が足を止め、

「あ! ここがウチです。」

止めた先は、〝飯田珈琲店〟であった。
世間は意外と狭いのだろうか。

「松花さんの・・?」

「姉ちゃんを御存じで?」

カラコロカララン

「あら? 知久矢おかえり・・と、ベントさん、どうされ・・・?! 怪我なさってるじゃないですか!
しかも二人ともずぶ濡れじゃないの!」

バタバタと奥に引っ込み、タオルを渡してくれる松花さん。
そして本日2度目の看病イベント頂きます。
絆創膏、マキロン、ガーゼにテープ総動員の手当てが始まりました。

「まあ・・野犬・・ですか?」

「そ、そうです。あ、怪我の大部分はその、自転車ですっ転びました」

「そうそう、野良犬追っ払って助けてもらったんだ」

何となく、襲われた存在については伏せておいた様な良い気がして咄嗟に口裏を合わせる二人。

「ウチの弟がお世話になってしまって・・」

「い、いやいやそんな!大した事はしてないんで」

「ベントさん、とっても強かったんですよ! 僕、見てるだけだった。」

「あんまり無茶はなさらないで下さいね。」

頬っぺたに絆創膏。
腕、足には包帯。

なかなかやんちゃな格好になってしまった。

「まさか、姉ちゃんがお弁当あげたって言う行き倒れの人だったとは。」

「その節は・・お世話になりました。とほほ・・」

俺、〝行き倒れの人〟で通ってるのかとちょっと悲しくなった。
今日もどうにも格好良く行ったかどうかは自信が無い。

「ふふ。何だか御縁がありますね。」

松花さんの笑顔が見られればどうでもいっか!

カラコロカララン

「ベントさん、今日は本当に・・」

「いえいえ!自転車まで頂いて手当までして頂いて傘まで借りちゃって、プラマイおかしいです!」

「っふはは。本当、〝野犬〟片付けた人には見えない。」

「こーら、知久矢。 ベントさん、また、是非いらして下さいね。」

「はい、そりゃもちろん!」

傘をさし、片手で自転車を引きながら、飯田珈琲店を後にする。
前かごには先程捕らえたオバケの袋詰め。

「ぶえっっくし」

盛大に一つくしゃみをしながら帰路を歩き、月面荘に着いた。





「で。」

『ふむ。』

「・・・・・・」

オバケはもう、目を覚まし、袋から頭だけ出し、こちらを見つめていた。

「何だろうね、これ。」

『まあ、恐らく一種のエネルギー体だろうな。何の集合体かは知らんが』

「・・・・・・」

「こう・・恨みつらみみたいのが固まった幽霊、みたいな?」

『そうそう。』

「・・・・アクイ」

ぽつりとこぼすようにオバケが喋る。

「・・・・オレを作った奴は、人の〝悪意〟を集めたとか言ってた。」

「悪意?」

「〝月〟では、そう言う研究が進んでるんだ。」

曰く、被験者(主に犯罪者、囚人が使われる)から、
所謂、魔が差した と言う表現で言われる所の〝魔〟の部分を抽出したモノが
このオバケである、と。
更に、とり憑いたり、触れればその対象の魔の部分を増長したり、吸いとったり。
相性が良ければ今回みたいにとり憑くのも可能らしい。
血(何でも可)が栄養だそうで。鳩イジメ等はその一環。


一通りそれらを聞いて

『悪意・・だあ? ヒッヒャッハハハハ』

笑い出すカメオ。

「どうしたのさ?」

『いいや違うね。そんな大層なもんじゃねぇよこいつ。』

止め紐でびし と指しながら断言する。

『結局は〝セコさ〟の集合だ。』

「セコさって?」

『ああ、そうだ。己の保身に走ったり、嫌な事から逃げ出したり、
目の前の物を排除しようとしたりする そんなモノは全部〝セコイ〟野郎のすることだ』

「・・・?!」

何だか唯でさえ、白いオバケの相貌が更に青白くなったような。

「で、そうなの君?」

と、ここでカメオがベントに耳打ちする。

『馬っ鹿お前。事実はどうあれ、要は思い込みだけで出来上がってるような野郎だ。
そう言う奴には、そう思い込ませてやればいいんだよ・・いじけて自身が無ぇくらいが丁度良い』

「セコイ・・。なるほど。とり憑いたり、自分より弱い動物を襲ったりするのもそう言う事・・・」

「納得しつつある・・!これからどうするんだよこれ。」

『そこで、だ。ホイ。』

カメオが部屋にあるぬいぐるみを指し示す。
・・・以前、懸賞で当ててベントが大事にしていたまっぺぬいぐるみ。

『カモーン。 こう言う奴はそのままだと分散しちゃうの。だからね。』

「あ、ちょっとそれ!お店じゃ買えないんだから・・」

言うが早いか飛び込むオバケ。
心無しかまっぺの目つきが悪くなってしまったような。

<ヒヒヒ・・・ちと手足が短いが。>

「結局、怪我してこんなの拾ってまっぺも取られて俺、貧乏くじばっかり・・・」

『まあまあ。自転車もらって、看病イベント×2でプラマイプラマイ』

ああ、今日も疲れた。
ぐっすり眠れそうだ、全く。
〝月〟と言う単語が妙に引っ掛かるけど、また明日考えればいいだろう。
明日はもう少し、ろくでもあるような日になると良い事を願い、
床に着く、ベント君でありました。

下がってろ!

貧乏くじ

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Posted at 08:22 | カノピコ | COM(3) | TB(0) |
2014.04.27

フラグベント 第四話 中編

Frag"B"ent - フラグベント -

第四話  中編  「轢き逃げアタック」


" 魔が差した "

あの日、逮捕されたコンビニ強盗の犯人は後にそんな言葉を使ったと言う。

 急に、自分が自分で無くなった

 そうしなきゃ と思った

 気が付いたら お縄に掛かっていました


定型文と言われれば、そうかもしれない。
何処かぼうっとした風の犯人は、終始そのままだったと言う。

まるで、何か。
目には見えない、
抽象的な そう 「何か」 を何処かに置いてきてしまったようだった。



キーンコーンカーン


本日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

知久矢も、そそくさと下校の準備を始める。
机の中の教科書を折れない程度の気配りで、リュックサックに詰め込む。
・・・今日の英語の暗唱も案の定、当てられた。
途中、単語が詰まったが、一応、恥はかかずに済んだ。
どっこら と荷物を背中にしょい込み、教室を出る。
部活? 文化部の活動は週一であり、ほぼ帰宅部状態だ。

「お、ちくやん、帰っちゃうの?」

「うん。今日、最新号。」

廊下でジャージ姿の友人とすれ違う。

「試合、近いもんで。またな!・・・明日、ネタバレすんなよ」

「それはわからんな」

他愛の無い会話を交わして下駄箱まで進む。
下駄箱横には掲示板が設置されており、校内の様々なお知らせが掲示されている。
右下に、新しくプリントが貼られていた。
プリントには以下のような簡素なお知らせが書いてある。


〝近頃、学外で 動物を殺傷すると言う事件が起きています。
下校中、登校中、不審な人物には注意して下さい。
もし、わが校の生徒で心当たりがあるようでしたら速やかに申し出るように。〟


具体的な事が全然書かれていないが、噂なら出回っている。

鴉や犬猫など、ふいに道端に転がっているというものだ。
犯人は未だ見つかっていない。

喉笛を切られていたり、
耳が千切れていたり、
胴体が穴だらけになっていたり。

いずれも散々な状態なのはそうなのだが、
奇妙なのは凶器が定まらないのだ。
犯人らしき人影を見ただの、学生らしいだの、肩に何か乗ってただの
何処まで本当で何処から尾ひれなのかがわからない。

この街も物騒になってしまったもんだ。

そんな事を思いながら、知久矢は下校路を歩いて行く。



「ベント君、おかえりー。」

「ただいまです、店長。あの、自転車って何処置いておいたら・・」

「あ、お店の裏の方に止めといてもらえる?表のはお客さん用だから。」

しばらくして。

「で、どうしたの?あの自転車。」

「もらっちゃったんです。」

経緯を説明する。

「おおー、やるじゃないの!美人から戴き物だなんて。この、この。」

「いや・・全然、そんなんじゃないっす・・」

嬉しいことは嬉しいが、何だか助けられてばっかりで情けなさもこみ上げてくるのである。
早いとこ、まともになりたいものだ。

「これからはもうちょっと余裕持って通えるね。毎朝、ひどいもんねぇ」

「・・・(返す言葉が無い)」

 [お・・・お゛はようござ、います!(乱れ髪、汗だく)]
 [おはよう、ベント君・・。あと3分だよ]
 [はい゛・・! (バタンとロッカーの音)]
 [あ、制服後ろ前。]

そして今日のシフトが終了。

「お先でーす」

「お疲れさまー」

自転車を引きながら、今日教えてもらった河原まで向かう。
前カゴにカメオが入っている。

『ふーん、これが自転車。』

「カメオも知らなかったか。」

『足で漕いで進むのか?』

「そうそう。カゴに荷物も載せられて便利だよ」

『振動が結構来るな』 

ガタガタガタガタ



場面は変わり、土手から少し離れた商店街。

「待てこらあああああ」

「うわああああああ」

男子学生二人が何やら追い駆けっこをしているようだ。
逃げるのは先程の 飯田知久矢。
追い掛けるのはそれより、上級生だろうか。
・・・どうやら仲が良さそうには見えない。

知久矢は涙目になりながらどうしてこうなったのか回想する。


道に、鳩が転がっていた。
転がっていたと言うのは、既に事切れていたからだ。
首筋に、べっとりと赤黒く血がついている。
固まろうとする血は、本当に〝糊〟のようだった。
見事に真一文字に、切り裂かれていた。
ぱっくりと、頭部と胴体部が〝く〟の字を作りだす。
僅かに開かれた嘴が、苦悶の時間の短さを物語る。

例の殺傷犯の仕業だろうか?

堂々としたものだ。
その時、横道に逸れていく同学の男子生徒を見掛ける。
下校時間で普段ならもっと生徒が押し掛ける大通りに今は自分以外見当たらない。

そこで、横道に入ると、店と店の間の細い路地裏に出るはずだ。
ゴミ捨て場ぐらいしか見受けられず、学生には用事があるとは思えない。

「もしわが校の生徒で心当たりがあるなら・・・」

好奇心?
危ない奴は他の人に任せておきなよ。
正義感か?
自分でもよくわからない感情に振り回されながら、知久矢はそいつを追い掛ける。
ただし、足音は出来るだけ殺し、距離を一定に保ちながら。
大丈夫。影の薄さならちょっとした自信がある。


路地裏でゴミを漁っていたカラスが、侵入者に警戒し、飛び立とうとした。
バサッと羽音が一音だけ響く。
男子生徒の頭上数十センチメートル程の高さまで上昇したところで、
白い何かに絡めとられてしまう。

積み上げられたダンボールやゴミ箱の密集した所から知久矢は顔だけを覗かせて様子を窺う。

それは、何とも奇妙な形をしていた。
全体的に見ると、よく「オバケ」として連想される白く流動的な姿を思わせる。
兎の耳のように、長くひらひらとしたものが頭頂部についている。
ただし、それは3本であり、中心だけ色が異なる。
腕は短く、ネズミ等のげっ歯類を想像させる。その先には木の枝さながらに細く長い指。
伸縮した腕が鴉を捕まえたようだ。
2本の、こよりに似た器官が下部には伸びており、やはり片側の色が違う。
それらは互いに捻じれ合い、大部分を地上に余らせながら奇怪なバランスで立っている。

カアッと鴉が短く鳴いた。

男子生徒が右腕を横に伸ばす。
手の先が、赤黒く、刃物のように異様な形に変化していた。
それを、そうするのが当然であるかのように自然な動きで、
目の前でもがく鴉の首へと一文字に薙ぐ。
ラッカースプレーをぶちまけた様に赤色が、周囲の壁へ、ゴミ袋へ、飛び散る。
男子学生にも振りかかるかと思われたが、白いオバケが前に出ていて返り血を引き受けた。

目の前の光景に知久矢は戦慄した。
途端、壁にしていたダンボールが崩れて落下し、物音を立ててしまう。

男子学生がこちらを向いた。
肩に寄りかかるオバケも同時にこちらを向き、前側の全貌が明らかとなる。

顔は、また見る者を不安にさせるように出来ているとしか思えない造形をしていた。
大きく、縦長の眼が二つ。
周りは濃く縁どられており、中心に向かうのと、下側に突起が描かれており、
その中をぐりぐりと縦横無尽に動き回る瞳孔もまた縦に向く。
口はマスクのように下から三角形に覆われていて、
それが、醜悪にがぱりと開き、犬歯ばかりがずらりと並ぶ凶暴な相貌が露わとなった。

「「お前、見てた?」」
肩の奴と、その乗られてる奴の声が重なる。


何だこれ何なんだこれ
こいつはヤバイ。本能的にそう思う。
動け、足!逃げろとりあえず。ここにいたらきっと面倒な事になる。

前傾姿勢でまろびつつ、その場から離れる。

「「困るなあ、まったく」」

後ろを全く困った様子を見せず、楽しむようにそいつが追ってくる。




「よし。ここで練習しよう」

土手の上、自転車道となっているそこは、真っ直ぐ舗装されており
時々、犬の散歩客や下校中の学生の自転車が行き交う。

スタンドをはずし、ベントは自転車に跨った。

「いやー、皆、何気なく乗ってるけどバランス取りづらいなあ」

『こう、止まらずに漕ぎ続けんだろ』

「うわっとっと!」

左側に大きく傾ぎ、慌てて足で踏ん張る。

『でお前、運動神経の方はどうなの?』

「さあ・・・。」

『憶えてねぇか。便利だなあそれ。』



息切れが激しい。
口の中はとっくに血の味がする。
心臓が訳の分からない程どくどく言っている。
人間必死になったら結構走れるものなのか。
首だけで、後ろを振り向くと追跡者にはまだ余裕がありそうだった。
前に向き直す。
もう、土手まで来たのか。
若干、もつれ気味の足に自然、道の端へと誘導される。
下り坂の加速で一気に、川の橋、高架下へと向かう形になった。

砂利にとうとう足を取られ、知久矢はすっ転んだ。

「いったた・・つぅ~・・」

慌てて起きあがると、

「「手間あ取らせんなよ」」

「な・・・」

目の前に男子学生と白いオバケが立ちはだかっていた。
いとも気だるそうに、食堂のメニューででどちらを選ぼうかと言うような気楽さを顔に出しながら
知久矢を見据える。見下す。

「「どうすっかなあ」」

「アンタ・・だろ、鳩」

「「む?」」

「犯人。」

途切れ途切れに何とか声を絞り出す。
こっからどうしたらいいんだ? 

「肩の・・それ・・何なんだよ」

その言葉を聞き、オバケの方が目を見開く。

「「お 前 見 え て た の か !」」

次いで口を割れんばかりに開き、一体何がそんなに可笑しいのか高らかに嗤い出す。

「「ギャハハハハ!!!〝連中〟の仲間か、お前!・・・じゃあ丁度いいな」」

言いながら、男子学生の右腕が変形する。

「「口封じに、〝替わり〟に、」」

そして振り被る。

「「ついでにヒトはまだだったからなあ!!」」

振り下ろされようと言う瞬間。
知久矢は咄嗟に両手で頭を庇う

「うわあああああ、あ、ちょ!誰かいる!どいてどいてえええええ」

土手の坂を猛然と下り、砂埃を巻き上げながらこちらに向かって来る自転車が一台。
知久矢の目の前、男子学生の方にもろに突っ込んで行き、
わき腹に自転車カゴがヒットする。
弓なりの体形で、男子学生は白いオバケ諸ともに数メートル先に吹っ飛んで行った。
そのまま自転車も進み、砂利の中、大きめの石にタイヤを取られ、つんのめる様に停止した。

見事な轢き逃げアタックだった。

「・・・」

知久矢はあまりの出来事で声がでない。
自転車の運転手が慌てて降り、スタンドをかけ損なった自転車は
横倒しになりガシャンと音を立てる。前かごから何か平たい物が投げ出された。
空回った車輪のカラカラと鳴るのを聞きながら

「うわ、大丈夫ですか?!」

ベントは自分が見事に轢き倒してしまった人物へと駆け寄る。
それを見て知久矢はハッとした。

「気を付けて下さい!そいつ・・」

「え?」

知久矢の方へ振り向いたベントの頬を何かが掠めた。
男子学生の方へ目を戻すと、
忌々しげにこちらを睨みつけ、変形した手をこちらに向けていた。

「うわ、すみません!そりゃ怒りますよね・・」

頬を押さえながら思わず後ろに飛び退る。

「って、あああ、腕、腕どうしたんですか?! 肩にもオバケエ!」

「「てんめぇ、何しやがるっ!!!」」

学生、オバケ共々明らかに激昂していた。
憤怒の形相でベントの方へと走り寄り、腕の刃を振るい出す。

「うわ、危ない危ないですよ!落ち着いて下さい!」

「「うるせえ! もういい・・ちょっと斬らせろお前!!」」

右上方から振り下ろされる刃を、ベントは危なっかしくしゃがみながらかわす。
ひゅうっと風を切る音が、攻撃の容赦の無さを教えてくれる。

「肩に、肩に何か乗ってますよ! あと、お願いですからそれしまってええ」

返す刃で左横向きに攻撃が迫る。
片手をつきながら必死に右に体をよじるが、僅かに追いつかれ、左袖が切り裂かれた。

「「てめえも、〝月〟の連中の奴らか・・!」」

次は上方から縦方向の斬り下ろし。
無我夢中で横に転がりを決め、紙一重で避ける。
砂利にがしゃりと刃が当たった。
後ろ髪が少々散髪された気がする。

「月・・・?」

どうしてかベントはその単語に引っ掛かりを憶えた。

『おい。』

寝転がっている形で正に目と鼻の先、カメオがドアップで目の前から呼び掛ける。

『奴さん、やる気だぜ?お前、どうすんの?』

「俺は・・」

砂利から刃を引き抜き終え、相手はこちらを見下ろし、歩き出す。
余裕からなのか遊びからなのか、激昂している割には随分とゆっくり向かってくる。

「まだ、死にたくないよ」

『で?』

ベントはカメオを掴み、立ち上がる。
男子学生の方へ向き直り、キッと視線を送る。

「だから、また 力を貸して欲しい」

『ふん。』

手を顔の前に持ち上げ、ベントはいつかの様に仮面を装着した。

敵接近

装着!

Posted at 08:16 | カノピコ | COM(0) | TB(0) |
2014.04.03

マジラバ12話 ロリコンエレコンプロのプライド 中編

「はぁー、やっと撮影終わったよ…」
夜の11時過ぎ。深夜とも呼べるこの時間までコマネズミのごとく走り回されていたカメラマンが、精も魂も尽き果てたという様子で呟いた。
「ほとんどビョーキだよなあのオバハン…」
重い三脚などの機材を肩に担ぎ上げた仲間が、これまた憔悴しきった様子で相槌をうつ。
「てゆーかさ、何であの人が仕切ってるわけ?ウルドちゃんがいくら凄い子役でも、あの人はただのマネージャーなんでしょ?監督も『文句言うなら主役下ろす』くらい言えばいいのに」
最初のカメラマンが文句たらたら、と言った調子でいうのに、機材を担いだ方の男が冷静に返した。
「おめー監督だとしてそのセリフ言えるか?みんなウルドちゃんが欲しくて物凄い競争率ん中やっと勝ち取ったってーのに。視聴者はみーんなウルドちゃんが観たくてテレビを着ける時代だってのに。」
「う…」
カメラマンは、自分が監督の立場だったと想像したら、何も言えなくなってしまった。しかし、彼の友人は思慮深く続けた。
「でもよ、納得はいかねえよな…」
「なあ…」

一方、ウルド護衛隊もまた、映画とは何ら関係もないのにこの時間まで連れ回され、カッサカサの抜け殻状態で真っ暗な廊下を歩いていた。
「ホーリー、私はもう疲れたよ…」
鈴音が古いアニメの主人公の、貧しい画家の少年を真似して呟いた。
「冗談言えるだけ鈴音はまだ大丈夫だよ…」
ホーリーが鈴音の肩の上で、洗い古してよれよれになったぬいぐるみのようにだらんと腹ばいになって垂れ下がり、ツッコんだ。
「こんな時間まで付き合わされて、お肌荒れるっての…」
「塗るか?『保湿クリームプラシーボ』ロリ監督がくれたぜ」
ぼやく鈴音に竜星は、どうやらスポンサーの不二里薬品がくれたらしい新作保湿クリームを差し出す。鈴音はクリームの小さなビンをちらりと一瞥しただけで、すぐに目線を床に戻してしまった。

「プラシーボに騙されてくれるほど私のお肌はピュアじゃない…」
「おめーら意外と元気だな」
竜星と鈴音のやり取りを聞いていたホーリーがついついツッコミを入れる。
「で、今からどーすんの?帰る?」
「何を当たり前なこと訊いてんだ、帰るに決まってんだ…ろ…」
竜星の言葉は尻すぼみになって途中で消えてしまった。目の前に立ちはだかる、背の高い女の影。三人の前に突如として現れたのは、ウルドの母親、百瀬真知子だった。
「な、なんのご用でしょうこんな時間に…」
「今日もあんな派手な襲撃がありましたね?でもアナタは捕まえられなかった。一級魔導士ならなんとかしてくれると、思ったからアナタを雇ったのに…」
百瀬は傲慢に言った。
「すみませんすみません」
鈴音がすっかり恐縮しきってペコペコと平謝りに頭を下げる。
しかし、竜星の方は何も言わずに百瀬の冷酷な眼差しを正面から受け止めていた。百瀬は竜星が何もいわないのを良いことに、偉そうな気取った口調で言い放った。
「まだ近くにいるはずよ。ちゃんと捕まえて私とウルドの前に引きずり出してくれるまで、帰ることはまかりなりません!ホテル、ウルドと一緒の部屋を取ってあります。時間を取った分の代金は払うわ、文句は無いはずよ」
「ええー…」
竜星と鈴音とホーリーは、揃ってでかいため息を付いた。

未成年こんなに働かして、まだ飽き足らないのか。児童福祉法はどこに行った。

しかし、百瀬は鈴音とホーリーを鬱陶しそうに一瞥すると、ハエでも追い払うかのように手を振った。
「ああ、女の子と猫又くんは帰って構わないわ。居られてもお金が嵩むだけだし」

思いがけない百瀬の言葉に、鈴音とホーリーの疲れきった顔に満面の笑みが広がる。
「やったーっ!!てなことで、おやすみ竜星!」
この際、ハエでもゴキブリ扱いでも構わない。お家に帰れて一人になれて、ぽちゃぽちゃお風呂にあったかい布団で眠れるなら。
「え?!うわーんバカ、見捨てるなーっ!!」
一人取り残されると知った竜星が、全力で抗議する。
「依頼人が要らないと云うなら仕方ない、オレたちは黙って従うだけさ。オレも心は痛むんだヨ。」
ホーリーが胡散臭いほど満面の笑みを浮かべ、牙をきらりーんと輝かせながら言った。
「いや全然辛そうな顔してねーぞ?寧ろ疲れも飛んですっきりした顔だ、鏡みてみろよ」
「仕方ないじゃない、私たちこんなに無力なんだから。あんたに比べたら私の戦力なんて鼻くそ以下だし」
鈴音も普段竜星に言われていることをここぞとばかりに流用し、ニッコリ笑って裏切りの刃を突き付けた。
「自分をそんなに卑下するのは良くないことだと思うんだぜ!最近のお前はめきめき力付けて弟子から右腕に昇格しようかと思ってるくらいだしっ!!」
竜星が慌てて取り繕おうとするが、鈴音はゆっくりと首を横に振った。
「ありがとう、でも気持ちだけ受け取って後は返すわ。じゃっ、おやすみ~。」
鈴音は箒を手の中に出現させると、素早く跨がって颯爽と飛び去ってしまった。

「…ホテルに案内するわ。付いてらっしゃい。」
今までのやり取りを何も言わずに見守っていた百瀬が、三人の話し合いが解決?したのを見計らって竜星に声をかけた。
「はい…」
竜星には、従うしか道は残されていなかった。

竜星が部屋に入った時、ウルドは既にきれいな寝息を立てて静かに眠っていた。一日中演技をし続けて、この喧しい少女も流石に疲れたのだろう。ウルドの寝ているベッドの直ぐ近くに竜星が座っても、目を覚ます気配はなかった。

この分じゃ夢も見ないで眠っているな。

早く仕事を済ませて帰りたい。さっさと『犯人』がボロを出してくれたらいい。

竜星は思う。

ウルドがこんなに無防備に眠っていて、しばらく自分もあの母親も、席を外していた。襲うならそれが絶好のチャンスであった筈。にも関わらず何事も起こらなかったということは…

昼にカメラが割れたのを見て以来、抱いていた疑念が確信に近づいていく。

「オマエラなんて、大っ嫌いだ」
真っ赤に血走った目、青い顔。一層際立つ黒いクマ。物凄い形相で竜星が言った。
「怒らない怒らない。お詫びに差し入れ作ってきたよ、サンドイッチとクッキー」
翌朝、早いうちに、鈴音とホーリーが竜星のもとに戻ってきた。

「朝飯くらいで償えるかっ、ウルドの奴目を覚ますなり夜這いされただなんだと騒ぎやがって。」
ぷりぷり怒りながらも、竜星は鈴音が持ってきた卵サンドをばりばり貪る。
「ウルドちゃんは?」
鈴音が訊くと、竜星は部屋に備え付けのティーバッグで淹れた紅茶で口の中のものを飲み下しながら出口近くのドアを指差した。
「風呂。覗くな覗くなって大騒ぎしながら入ったぜ。ロリ監督じゃあるまいし、興味ねえっつの」
その時、ちょうど件のウルドが、頭にタオルを巻き付けバスローブと言った出で立ちで風呂場から出てきた。
「あら、覗かなかったの。偉かったわね」
「喧しいガキ、赤飯喰って出直してこい。」
「オマケさんと猫ちゃんも。逃げたんじゃなかったのね」
いつの間にか部屋に人が増えていることに気づいたウルドは、からかうように笑う。
「私の名前は鬼塚鈴音よ。この子はホーリーナイト。名前で呼んでよね」
鈴音がちょっと厳しい口調で言うのに対し、ウルドはあの子供らしからぬ生意気そうな笑みを口の端に浮かべた。

「あれ、何か良い匂いがする」
しばらくしてウルドが気づいた。
「クッキー焼いてきたのよ、良かったらどうぞ」
鈴音が花柄の布巾で包んだ皿を指さした。ウルドは布巾をほどいて中身を見る。色々な形、色々な種類のクッキーが綺麗に積まれていた。
「ふーん…この所甘いものは一流パティシエの作るデザートしか食べてないんだけど。庶民がどんなもの食べてるのかも知らないと演技に幅がでないし、味見してあげてもよくってよ」
ウルドが腕を組んでおすまししつつ、口元からヨダレを垂らしながら言った。
「…なんで素直にくれって言えないわけ?」
呆れながらも鈴音はウルドの方に皿を押してやる。ウルドはココアとプレーンのボックスクッキーを選んでかじる。
「…美味しい…」
ウルドの顔が、年相応の子供みたいに綻んだ。
「そりゃあ良かった。」
鈴音はニヤリと笑う。

不意に、部屋のドアがまた開いた。
「ウルド、身支度はもう出来たの?今日は『明日パパとママが逆に』の撮影が…あっ!!!」
ドアを開けたのは百瀬だった。鈴音たちが何事かと訝る間もなく、百瀬はズカズカと部屋を突っ切り、怒りそのものと云った形相で鈴音たちを指差した。
「クッキー!」
「…弟子の差し入れですが、それが何か?」
竜星は冷静な口調で百瀬に聞き返す。それが余計に百瀬のカンに触ったらしい。
百瀬はバスローブが脱げそうになるくらいウルドの肩を掴んで揺さぶった。
「食べたの?」
「い、一枚だけ…」
「太るじゃない!!」
百瀬はヒステリックに叫んで鈴音を睨んだ。
「え、演技のためですからっ。ねえウルドちゃん」
鈴音は努めて笑顔で、百瀬を落ち着かせようと奮闘する。ウルドは何も言わず、黙って俯いていた。
「演技?!クッキー食べるモノマネでもやるっていうの?!いいかしら、ウルドはグルメ番組なんかにも引っ張りだこで、そんな中女優に相応しい体型を保つために私がどんなに努力しているか、わかっているの?わかってないでしょう!!大体アナタ、昨日帰るように命じたでしょう?どうしてまだここに居るのっ!」
「朝飯のデリバリーですよ、給料は頂けても食事時間については忘れてらっしゃるようなので自主的に調達したまででーす」
竜星は百瀬の方を見もせずにサンドイッチをかじりながら言った。百瀬は竜星の持っていたサンドイッチを乱暴に奪い取ってゴミ箱に棄てた。
「神崎さん、アナタがもっとしっかりしてくれればこんな不始末起こらなかったのよ!二度とこんな、勝手なことしないで頂戴。わかったわね?!!」
百瀬が怒鳴り声を上げると同時に、クッキーが皿ごと赤い炎に包まれた。
「ああ…」
めらめらと焦げ臭い臭いを振りまきながら燃えていくクッキーを、鈴音は為すすべもなく見つめていた。
「あと10分で出発よ。ウルド、そんなだらしない格好してないで早く支度なさい。」
百瀬はそれだけ事務的に言うと部屋を出て行った。
ウルドは、すっかり炭の山に変わり果ててしまったクッキーを、虚ろな目で見下ろしていた。
Posted at 07:58 | 未分類 | COM(2) | TB(0) |
2014.02.28

マジラバ12話:エレコン・ロリコン・プロのプライド:前編

元ネタは勿論、ハリポタの妖女シスターズ(weird sisters)。

「ロケ中におかしな事が起こる?」
レンガ屋敷の、調度品などを洋風に統一した方の応接間で、竜星は依頼人に聞き返す。竜星の向かいに座り、ふわふわと長い髪を緩やかに束ねて大きなサングラスを掛けた女は頷いた。
「ええ、カメラが突然壊れたり窓が割れたり…きっと悪質なファンの仕業でしょう。昨日なんか割れた窓ガラスの破片でスタッフが大怪我をしましてね、娘の身になにかあってからでは遅いので、今日はお伺いしましたの。」

「珍しいね、天魔連の任務じゃなくて一般人から直接仕事の依頼が入るなんて」
部屋の隅で、紅茶を載せてきた盆を抱えて立っていた鈴音が、肩の上にのっている小さな黒い猫又、ホーリーナイトに耳打ちする。
「一級魔導士はクソ高いからめったにないけどな。流石げーのーじん」
ホーリーが答えた。そして、二人してゴージャスな雰囲気を漂わせながら紅茶を啜る客人を盗み見た。
「でも、誰だっけ?見たことあるようなないような…」

「娘さんと仰いますと…どなたですか?」
タイミング良く、竜星が依頼人に訊いてくれた。依頼人は少し失望したかのような顔をしたが、溜め息一つついて答えてくれた。
「ご存知かと思いましたが…私、幼女シスターズのウルドのマネージャーで、彼女の母でございます。名前は百瀬真知子」
「よ、よ、幼女シスターズううぅぅ?!」
ホーリーが驚いたように叫んだ。
「知ってるの?」
鈴音が訊いた。
「知ってるも何も、超有名だってばさ。」
 
幼女シスターズは、三年前に彗星のごとく現れたアイドルグループで、メンバーのウルド、スクルド、ベルダンディは現在、弱冠12歳、11歳、10歳。キュートなロリっ娘アイドルにそぐわぬ歌唱力と演技力がウケてその若さにしてトップアイドルの名を欲しいままにする。特にリーダーのウルドは舞台に映画にドラマにバラエティーと縦横無尽に活躍し、赤子と動物以外のどんな役でも完璧に演じられるただ一人の女優と言われている。

「そのウルドの母親だって…ま、ま、マジかよ…」
大物芸能人の縁者の突然の登場に、すっかりビビってしまったホーリーの様子に機嫌を直したらしい百瀬は、笑顔で竜星に向き直る。
「つきましては、暫くウルドの護衛をお願いしたいのです。謝礼は言い値で払いますわ。」

そんなことを言われて、つい引き受けてしまったのが昨日のこと。竜星と鈴音、ホーリーは朝から煩いチビたちと楽屋にすし詰めにされる羽目になってしまった。初めの内は日本人なら誰もが知っているトップアイドルたちを前にしてきゃいきゃいはしゃいでいたホーリーも、彼女たちのかしましいお喋りにうんざりして、いつしか相槌も打たずに黙りこくるようになっていた。
「ねえお兄さん、一級魔導士なんでしょう、何か凄い魔法やってみせてよ、部屋中銀色の薔薇だらけにするとかさあ」
銀髪をベリーショートにして、両耳に大きな星のイヤリングをつけたウルドがしつこくせがむ。
「だが断る。」
左腕に絡みついてきたウルドを振り払い、竜星は素気なく言う。
「一級魔導士っていったらあたしたちなんか叶わないくらい沢山魔力持ってるんでしょ?大して減るもんじゃなし」
茶色いふわふわした髪を縦ロールのツインテールにして、細かい星の飾りを巻き付けたベルダンディが、今度は右腕に絡みついてくる。
「やかましいガキンチョ、文句ならおめーのリーダーに言え。場合によっちゃアクション映画も真っ青な大乱闘になるんだから」
竜星はベルダンディも振り払う。ぷう、と頬を膨らませたベルダンディはソファから立ち上がり、ウルドの隣に移動した。ウルドとベルダンディはわざとらしく顔を見合わせ、竜星について好き勝手なことを言い出した。
「ちょっとくらいいーじゃんねー。あ、もしかして裏口とかで一級魔導士取ったから実は大した魔法使えないとか!」
「運良くここまで来れちゃったけど引っ込みつかなくて却って困ってるとか!!才能ない人って可哀想~」
「あのな…」
「ウルド、そういう言い方は…」
竜星が言い返す前に、ストレートボブに三日月の飾りのついたピンをつけたスクルドが窘めるように言う。
「なぁによあんた、リーダーに文句言うつもりなの?トーク出来ない癖に。」
「…」
ウルドに高圧的に罵られて、スクルドは早くも黙りこくってしまう。見かねた鈴音がやや鋭い口調でウルドを諫めた。
「ウルドちゃん、友達いじめちゃダメでしょ」
「オマケは黙ってなよ」
ウルドは鈴音の方を見もせずに、さらりと酷い台詞を吐く。
「誰がオマケだこのメスガキゃあ」
「何か…イメージと違うなあ…」
あまりにワガママでいじめっ子なウルドの素の姿に失望したらしいホーリーが、鈴音の影に隠れてこっそり呟いた。

険悪な空気が楽屋中をむしばみ始めたその時、マネージャーにして母親の百瀬が楽屋のドアを開けた。
「ウルド、出番よ。早く支度なさい」
百瀬が冷徹な声でウルドを呼ぶ。
「…はい」
鈴音は、ウルドを取り巻く空気がすうっと変化したのを感じ取った。ウルドは機械じみた様子でソファから
立ち上がり、ポケットからピンク色の可愛いコンパクトを取り出して、開いた。ぱあっと七色の光がほとばしり、ウルドを包んだと思うと次の瞬間、ウルドは金糸で飾られた黒いベールを被った、古代中東の驕慢なお姫様になっていた。

「今日はちょっと『ワイルド』に…竜星さんとオマケさんと猫ちゃん、あんたたちも来るんでしょ?」
表紙に『サロメ』と乱雑な手書き文字で書かれた脚本を持ち、透けるような薄いベールを翻してウルドは年に合わない程に蠱惑的に微笑んだ。

「お前の唇に口づけしたよ、ヨカナーン!」
ウルド扮するサロメが、血糊の滴る人形の生首を抱え、歓喜に満ち溢れた声を上げる。醜悪なほど純粋なお姫様の、まるで欲しかった玩具を手に入れて喜ぶかのように人の命を扱う様に、そしてその残虐さと凄艶さに、父王や兵士達、カメラマンやスタッフたちは戦慄した。
「はいカット!」
監督の声が、その場に居合わせた人々の意識を現実に引き戻した。
「ぅあ?…はいはい」
「お…俺たちが東京の寂れたスタジオにいてカメラ回してることも忘れかけてたぜ…」
スタッフや共演者たちは、各々頭を振ったり、ぱんぱんと両頬を叩いたりして、ここが現実だと再確認しているようだった。
「おいおい~、そんなんでちゃんと撮れてるのか?つい呑まれちゃうのも解るけどさー」
監督が豪快に笑いながら言う。
「さっすがウルド、オレはこれが観たかったんだ!」
さっきまでウルドの素行に失望していたことも忘れ果てたホーリーが、惜しみない賞賛の声を送る。
鈴音は単純、と心の中だけで思うだけに留め、ニコニコ笑っていた。
「ガキに何ちゅー演目やらせるんだ」
竜星がこっそりツッコミを入れた。
「ねえ。教育に悪いような…」
鈴音も竜星のツッコミに同意した。

確かに、ウルドの演技は恐ろしいほど素晴らしかったけど…

「わかってないなあ神崎竜星くん!!」
監督が大袈裟に首を横に振った。それから、暑苦しく語り始めた。
「まるで傲慢な淫婦のように誤解されがちだが、サロメは本当の恋も知らない純粋な少女なのだ!ただ育った環境が歪み過ぎてて愛情の表現方法を知らないだけで…そんなサロメを演ずるに一番ふさわしい人材は誰だと思うかい?サロメと同じ、ローティーンの少女だよ!!今まではサロメを演じられるだけの演技力を持った少女が居なかったから泣く泣くトウの立ったオバンを登用してただけで、容姿も演技力も申し分ないウルドにサロメをやってもらえればそんな必要も無くなるってことさ!この映画はきっと歴史に刻まれる名作になるぞ。お空のオスカー・ワイルドも喜んでいるだろう。彼が望んだ美少女とグロのマリアージュがここに完成したのだ!年端も行かぬ純粋な美少女のっ、そのさくらんぼ色の唇が侮蔑的に男の命を踏みにじる時そこに至上のエロスが」
「怖いよ~怖いよ~」
鈴音がついにしくしく泣き出した。鈴音を支えてやりながら竜星は呟いた。
「俺には多分一生理解できん…」

「盛り上がっているとこ悪いけど」
百瀬真知子が威圧的な態度でスタジオを横切って監督の前にやってきた。
「やり直しよ、最初から。これじゃあ歴史に名を刻むどころか世界の笑い物よ。私の娘がラジー賞なんて取ったら自決してやるから」
「は?しかし百瀬さん、今日のは今までのウルドの演技の中でも最後だったと思いますが…だよな、みんな」
監督は他のスタッフに同意を求める。
どのスタッフも一様に頷いた。百瀬はイライラと吐き捨てた。
「あーっ、これだから三流と仕事すんのはイヤなのよ!ウルド、貴女は納得してないの、そうでしょう?」
「…うん」
突然話を振られたウルドは曖昧に肯定した。
「うんじゃなくて、どんな風に納得してないのか、事細かにこのオッサンたちに教えてやりなさい!」
「サロメらしさとか…色々足りなかったです。もう少し無邪気っぽくするべきで」
「貴女の演技じゃないのよ全くどいつもこいつもバカばっかり!」
百瀬はウルドに話を降っておきながら、自分でウルドの言葉を中断してしまった。
「まず父王役、サロメが首を所望した時のおののき方がわざとらしすぎる。王妃役、いくらセリフがないからって何の表情も出さずに突っ立ってるのはどうなの学芸会の木じゃあるまいし。何よりヨカナーン役、不細工過ぎてウルドのサロメと絶望的に釣り合わなさすぎる!役者変えるか整形して出直してきなさい!あんたたち三流の大根役者どものせいで私の娘まで調子が狂ってる!!…わかったらやり直しよ」
百瀬の横暴な意見に、監督はじめスタッフ全員が文句たらたらながら持ち場に戻る。鈴音が横目で見たウルドの横顔は、石像のように固く冷たかった。
「…何だありゃ」
竜星が呆れ果てて言った。

その時、パン!!
鋭い音がして、カメラのレンズが数台爆発して砕け散った。

「またなの?!」
百瀬がヒステリックに叫んだ。
「誰がやってるの、出てらっしゃい!こっちには天魔連の一級魔導士が居るのよ?!!」

しかし、誰も出ては来なかった。
竜星も杖を振り、攻撃的な魔力を感知する銀霞を仕掛けてみるが、誰も引っかからなかった。

「ふーん」
竜星は、意味ありげに呟いた。

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Posted at 23:05 | 未分類 | COM(0) | TB(0) |
2013.12.16

フラグベント 第四話 前編

ものすごくお待たせ致しました。やっと指が乗りまして、打ち始めました。
1年以上掛かってやっと続きをお届けします。4話目。話の進みが遅くて申し訳ありません。
後編はまたちょっと掛かるかも・・。とりあえず待たせ過ぎてるんで前編だけは上げます。

Frag"B"ent - フラグベント -

第四話 前編 「 夢とチャリ 」

前回までのあらすじっ!
ニートだかフリーターだかはっきりしねぇ
コンビニバイトの記憶ぶっ飛び青年、幕ノ内ベント!
公園で行き倒れて弁当もらった美人に一目ぼれしたり、
態度のデカイ仮面を拾ってみたり、
美人の営業する喫茶店で、怪しい三人組に何やら入会させられるしで、
毎日のほのほと暮らしているのでありました。
で?今日は一体どうすんの??



ベントは、アパートの粗末な畳の上で無く、
ソファらしきものに自分が腰掛けているのに気が付いた。

その部屋は、妙に暗い。
しかし、天井、壁に細かく星が描かれ、ぼんやりと間接的な明かりを発している。
そして中心にリアルな筆致で大きく月が描かれている。
片側が丸く抉られ、欠けて三日月になっていた。
目の前には相変わらず人一人飛び込んで行けそうな大きな画面の薄型テレビ。

あの部屋だ。
数日前、強盗事件の時。

テレビ画面は真っ暗で、なにも映像を流していない。
自分の情けない顔が暗い鏡の中に映り込む。照明のせいか顔の輪郭がはっきりしない。
目鼻の大体の位置がわかる程度だ。

どうして、何でまたここに・・?

テレビから視線を周りの壁に巡らす。
右を見て、左を。
その時、横目がテレビの中の鏡像を捉えた。

ぎょっとする。

鏡像は首を動かしていない。
真っ直ぐこちらを見つめたままだ。
そのまま〝そいつ〟は、口を開いた。
スピーカー部から、ノイズ混じりの声が聞こえる。

「よう、〝切れ端〟野郎。」

呆気にとられ、同時に少し体勢が後ずさった。
右手が何かつるっとした物に当たる。
目をやると、リモコンがそこにあった。

「つけろよ。退屈だろう?」

気味が悪くなりながらも、リモコンを構える。
一番左上の目立つ赤色のボタンを押した。

テレビの電源が入り、映像が流れ出す。

確かに画面越しに見ているはずなのに妙に生々しい。
自分の視点とテレビとがまるでくっついたかのようだ。

何処か屋内の風景。
朦々と、細かく砕かれた建材、砂埃が舞い上がっている。

その場に実際にいるのか?

視界が、視界がとにかく悪い。
目の前が白い。霞みがかってぼやけている。
ふと、上を向く。
柱や壁が奇妙に捻じくれて、即席の天井のようにその場を覆っているのだ。

次に耳に音が飛び込んでくる。

誰かの嗚咽だ。

横に。
すぐそばで、
誰かが 泣いていた。



ピピピピピピピピピ

カチッ。

「・・・・・もう壊さんよ・・」

破壊を免れた目覚まし時計を掴んで時刻を確認。
何とか間に合う時間に起床出来たようだ。
布団を跳ねのけ、くああっと伸びをする。

『がー・・ぐー・・・』

カメオが、目覚まし時計の向こう側に落ちていた。
目にあたるだろう部分が瞼でもあるかのように閉じられている。
・・・寝てんのか?これ。

「おい、カメオ。おいってば。」

指でコツコツとつついてみる。
すると、ぱちり と目が開いた。

『む?』

「お前も寝るって習慣あるの・・?」

『あるも何も。』

ふわりと奇妙な仮面が浮き上がり、

「何も?」

『俺、元人間じゃないかと。』

「え? そうなの?!」

『多分な。』

止め紐で、顔を掻くような仕草をしている。
と、ベントは一瞬、考え込んだかと思うと、カメオの両端をすばやく掴む。

『むおっ?!』

「あ、あのさ、俺に出来る事あったら言ってくれよ!そりゃ、頼り無いかもしれないけ、ど」

ぴしりと止め紐が顔に当たる。

『ばーか、何同情してやがんだ。大体、困ってねーし。』

「えー。だって俺より大変な目に合ってるんじゃないかと思って」

『あ、一つあるな』

「お、何?」

『また、乗っ取る。このままだと手足を動かす感覚も忘れちまうっての。』

「勘弁して下さい。・・・それで思い出した!今日さ、」

言い掛けて、目覚まし時計が目に入った。

「っと。のんびりしている場合では無い。」

今朝もドタバタ。
慌ただしく支度をし、寝癖も直さず部屋を飛び出す。
カメオも鞄に飛び込み、バイト先へ。

通り過ぎた通路の手すりには今日もカラスが一羽。
人が近付いても、逃げずにこちらを見つめている。

あの目は何かに似ているな。

ぼんやりとベントは思う。

そうだ。コンビニの、上についてる・・

 まるで、監視カメラみたいなんだ。



飯田知久矢(イイダ チクヤ)は、朝 登校への道を歩いていた。

教科書、ノート、借りた漫画、弁当その他諸々で膨れたリュックサックはなかなかの重量。
本って奴はどうして集まるとこんなに重いのか。
ロッカーを上手く活用すれば、荷物は減るらしいが
どうも自分はそんなに器用に使いこなせない。

俯き加減でせかせかと足を速める。

どうにも最近、ツイていない。
と言ってもまあ些細な事ばかりなのだが。
週刊漫画誌を立ち読もうと思ったコンビニは臨時休業。
日付と出席番号を照らし合わせる先生には見事に当てられる。
予習をやっていなかった訳ではないが、苦手な箇所で、案の定、苦い顔をされる。
弁当を忘れた日の、購買戦争にはもちろん負ける。
紅茶チーズフォンデュパンってこれ、挑戦的過ぎねぇか?

「今日は無事に過ごしたい・・」

溜め息をつきながら、今日の英語の暗唱テストの部分を考える。
嫌な予感がするんだよなあ。
横断歩道に差し掛かり、赤信号で足を止める。

向こう側に、長髪をなびかせながら(ん?振り乱し?)走る青年を見掛けた。
ごく最近、見た気がするんだよな。



「え、夢?」

「はい。今朝、見たんですよ。」

営業再開。今日もニコニコ、貴方の街の便利なお店、ファミリーセブン。
朝の客ラッシュをしのぎ、店長 山田氏とベントが喋っている。

「夢って確か、記憶から出来てるんだっけ。じゃあさ!」

「それが・・何とも。」

今朝の夢の話をする。謎の部屋については少々ぼかしておいた。

「・・・どういうこと?」

「さあ。」

「でもさあ、進展あったって事じゃないの?
まあ、じっくりやってきゃいいじゃない。若いんだし、時間ならあるでしょ!」

ぺんっと、背中を叩かれる。ひょろ長の上体が前に揺れた。

「はい。気長に思い出します・・。あ、そろそろお昼行って来ますー」

バタバタとバックヤードに掛けて行くベント。
山田氏は、お昼の客に備え、フライヤーの前で作業を始める。



「朦々と・・?」
「歪んでるって何じゃい。もっとちゃんと見て来い。」
「あれだ・・粉じん爆発って奴じゃねぇか?」

見守る会の面々と、今日もお昼を囲む。
4人共やはりメニューは同じ。
今日は、カレーを注文した。
結論:松花さんが作るのは何でも美味しい。

「爆発事件に巻き込まれて で、記憶も吹っ飛んだんじゃね?」
ペンキヤが、福神漬の容器を持ち上げながら意見を披露する。

「お。イイ線行ってるんじゃないですか?」
シチサンが、顎に手を当てながら同意。

「その横で泣いてるってどう言う事じゃ。」
パステルが渋い顔でその推理に待ったを掛ける。

「俺にも全然わかりません。」
まあ、こう言うしかあるまい。

3人寄れば文殊の何とやらだが、やはりこれだけではヒントが乏しい。

「まあ」
「気長に」
「行こうや」

結局ここでもそうなるのであった。
その時、喫茶店の外の歩道を通り過ぎるモノがあった。
それを見ながら、ベントが話題を変える。

「あ、俺 アレ欲しいなあって思うんですよ。乗り物。」

他3人もそれを目で追う。
次に、3人とも、眉毛をハの字に、憐れむような表情をベントに向ける。

「アレ・・って、お主〝自転車〟のことか?!」
「いややっぱ本当に記憶って飛んでるんだな・・」
「確かに、行動範囲も広がるし、良い刺激になるのでは?」

「自転車ってんですか、アレ。」

と、ここで空いたお皿を回収に松花さんがやって来た。

「お下げしますね・・。あの、お話を聞いてしまったんですけど」

「そうなんじゃよ。こ奴、自転車も知らなくて」

「確か、うちに長年、乗ってないのがあるんですよ」

松花さんが、カウンターに向かって少し声を張る。

「あのママチャリ、差し上げちゃってもいいんじゃなーい?」

今日もこちらに後ろ向きのバンダナ姿のマスターがこくりと頷く。

「父からも許可が出ました。処分に困ってたんで、もらって頂けるなら有り難いんですけど・・。
あ!ちゃんと乗れるかな・・大分錆びてしまっているんで。」

「え?え?」

予想外の話の転びに呆気にとられるベントである。

そこに注がれる3つの視線。

弁当だけではあきたらず、自転車までも・・!
見守る会、知らず知らずのうちに他を引き離してしまっているようだ。
やはり、こやつは要注意人物・・!
3人の結束は一層、堅くなったのであった。

「いやでも、そこまでお世話になる訳には」

何とか引き下がろうと試みる。
そんな、まさか頂いてしまう訳にはやっぱり・・

「待てぃ、ベントや。」

パステルがそれを制した。

「お主、行き倒れた前科もあろう?
それに、ま、病人みたいなもんじゃ。大人しくご厚意に甘えっちまいなさい。」

と、何と背中を押す。
他二人が慌てて小声で

(ちょ、ちょっとパステルさん。どう言う事ですか!)
(あいつだって何か目標あった方が仕事頑張れるんじゃ・・?)

(まあ待て。ワシに考えがあるのじゃ。)

「と言うわけじゃ。いつになるかわからんが、頭完全に治ったら精一杯お礼するんじゃな。」

ぐっと親指を立ててこちらにイイ顔を向けるパステル。
感極まってしまうベント君。

「それじゃあ、ちょっと店の裏手から持って来ますね。待ってて下さい。」

そう言って松花さんがエプロンをはずし、店を出て行く。

「み、皆さん、有難うございます・・。俺、俺、頑張って思い出します・・」

「これこれ、お礼言う相手を間違っておろう。」
「そ、そうですよ。」
「大袈裟だな、おい・・」

ほどなくして飯田珈琲店の入り口付近に、松花さんと一台の自転車が現れた。
ベントは席を立ち、外に出て行った。
まじまじと自転車を見ている。

深い緑色のフレーム。
茶色のハンドル。金属部分には所々、赤く錆が浮いている。
前面に目の荒いスチールかご。後部にはキャリア。ライトは手動切り替え。
変速機能はついていない。典型的なママチャリだ。
タイヤもパンクしておらず、乗るのに支障は無さそうだ。

「わあ・・。って俺なんかに本当にいいんですか?」

「はい。自転車屋さんに引き取ってもらうにもお金掛かっちゃいますし。
高さは・・どうかな。ちょっと乗ってみて下さい。」

松花さんに言われるがまま、自転車に跨る。

「あ、大丈夫そうですね!」

「これ・・足で踏むんですか?」

店の中から3人が様子を窺っている。

「ちぇっ。いい雰囲気ですよ。」
「おい、パステル。何だよ、考えってよ?」
「まあ、見ておれ・・」

ベントが自転車のペダルに足を掛けようとしている。

「あやつ・・自転車の〝じ〟の字も知らなかったじゃろ?つまりは・・」
「! そうか。」
「ん?何だよ。」

スタンドもはずされ、漕ごうとした。

「初めて自転車を買ってまず、やる事はなんです?ペンキヤさん。」
「あ。なるほど」

足も地面から離し、支えを失った自転車は乗ってるベント毎、右に大きく傾ぐ。

「え。」

そのまま横倒しになった。

「最初っから乗れるとは限らねぇよなあ・・」
「ふっふっふ。松花さんの前で無様に転ぶがよい・・!」
「パステルさんも結構、黒いんですね。」

がっしゃーん。

空回る車輪。派手な音が辺りに響く。
慌てて手を地面についたが、歩道の石畳にしたかかに膝、腹を打つ。
ついでに手の平も少々、擦りむいた。

「だ、大丈夫ですか?!す、すみません。初めて乗られるんでしたのに・・私、すっかり・・」

「あったた・・。これ、いきなり乗れるんじゃないんですね・・」

松花さんが慌ててベントに乗ってる自転車を起こし、スタンドを掛ける。
そして、起きあがろうとするベントに手を差し伸べる。

「ごめんなさい・・。もう少し、気を配るべきでしたね・・立てますか?」

「ああいや、俺も知らな過ぎたし・・松花さんのせいじゃ・・ああ、すみません。」

それを見つめる3人。

「あれ?これはこれで良い雰囲気じゃな。」
「手!手ぇ触ってる!」
「はっ・・!このままではまずい・・」

起きあがったと同時に手の平に鈍い痛み。見ると、血が出ていた。
顔を上げれば、松花さんがこれまた申し訳無さそうな顔でその手を見つめている。

「あ、血が出てますよ! ちょっと待ってて下さい。」

一旦、店に戻る松花さん。
ぽけっと待ってるベント君。

すぐに救急箱を持った松花さんが現場に戻って来た。

「こ、これは・・やっぱり!」
「おい、パステル。どう言う事だ?!」
「ぬぅ・・ぬかったわ・・」

ぺこぺこしながら松花さんの手当を受けるベント君。
手当と言っても消毒液を塗って、絆創膏を貼る簡単なもの。

「「「看病イベント・・・!」」」

気付けば、喫茶店の硝子窓に張り付いている3人。

「やはり・・あやつ何か〝持っている〟な・・!」
「もうこれ、僕ら追いつけるんですか?」
「迸る女子力・・!何てこった。」

敗北の味を知る3人であった。
せこいマネをした報いなのか。神様、何て仕打ちなんだろう。

そうこうしてると、注目の2人が帰ってくる。

「・・・で、練習されるなら、河原の土手なんかが広くていいんじゃないでしょうか?」
「あ、そうですね!何から何まですみません。」
「ふふっ。あんまりお怪我をなさらないようにして下さいね」
「あ、はい。重々気を付けます・・。絆創膏持って行きます・・」

テーブルに戻ると、3人が何やら葬式帰りのような顔をしていた。

「あれ?ど、どうしたんですか、皆さん・・?」

「・・・ワシらの負けじゃよ。」
「ええ、今回は完敗です。」
「練習・・頑張れよ。」

「え?・・あ、はい。ああっ!そろそろ昼休憩終わるんで!」

「ワシも家で再放送見る時間じゃ。」
「ゼミあるんで。自転車、ちゃんと引いて持って行くんですよ?」
「店番。」

こうしてこの日の昼は解散となった。
手の平はひりひりするけど、るんるんと自転車を引いてコンビニまで戻るベントであった。


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Posted at 02:54 | カノピコ | COM(2) | TB(0) |
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